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「800字文学館」

「三宅(みやけ)のおばさん」

首藤 静夫

「おそいなあ、おばさん――。帰るまで3人打ちでやるか」
 地方から東京の大学に出てきた親友3人が、G君の寄宿先でおばさんの帰りを待っている。G君の母堂と三宅のおばさんは戦前、上海の日本人学校で教師仲間だったとか。その縁で、おばさんの住む自由が丘のお宅に彼が寄宿し、僕らはよくお邪魔した。訪問の目的は覚えたての麻雀だ。彼女の麻雀は本場仕込み。中国製の小ぶりの象牙牌を持っており、それで囲むのだ。大家さんの留守中に勝手に茶の間に入りこみ、三人麻雀で帰りを待っているのだから、せち辛い東京ながらよき時代だった。
 寄宿だの、麻雀だのというと俗っぽいおばさんの印象を与えるかもしれない。が、その逆で、上品で和服の似合う、というより普段和服しかお召しにならない。桃の節句には小ぶりのひな壇がお目見えし、華やいだ雰囲気の中で牌を囲んだ。
「まあ、ツモッちゃったわ、やすいのよ」「え、またァ?!」
 おばさんは門前(メンゼン)のツモでしか上がらない、ドラは最初から眼中にない、中国流だ。だから「やすい」はあてにならない、大きな手になっている。これで何度やられたことか――。
 彼女は身辺のことをほとんど話さなかった。株式の仲介の仕事をしているとかで外出が多かった、むろん和服で。ご主人はいるのかいないのか、独り暮らしの様子だった。

 お世話になったおばさんに卒業の挨拶もせず、その後も便りするでなく、今日まで不義理を重ねてきた。
 肌寒い早春のある日、自由が丘に来たおり以前の住居を見に行った。道は昔のまま、間違えるはずもない。しかし街並はおしゃれになり、途中、往時をしのばせるものは何もない。住居のあたりは、当時、こじんまりの家屋が並び小庭があるような静かな佇まいだった。だが、そこに大きな二階三階建てがところ狭しと威圧している。斜向かいに一軒、古い家屋があった。白い陶器製の昔の住所表示が残っていた。おばさんの家にもあった――。古い記憶がかすかに甦った。

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