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「800字文学館」

原発事故と猪鍋会

斉藤 征雄

 東日本大震災の少し前まで福島県いわき市に職場があった。ここで気が合った仲間たちと毎年「猪鍋会」と称する飲み会を続けている。私は中途入会だが、それでも十年以上になる。
 職場での立場はさまざまだったが、鍋を囲めば関係ない。十数人が集まって大いに飲み食い、ワイワイやる楽しい会である。

 猪肉はHの担当。山に入り、自分で獲って自分でさばいたものを持ってきて、味噌仕立ての秘伝の味付けで鍋にする。料亭の牡丹鍋のような上品さはないが、ジビエ料理としては申し分ない。
 ところがこの猪肉、東日本大震災以降食べられなくなった。原発の事故でこの地域の猪が放射能に汚染されてしまったのである。捕獲した猪を調べると、かなり高い放射能が検出されとても食用にはならない状態が続いた。

 助かったのが猪である。放射能を浴びたといってもすぐに死ぬわけではない。人間につかまって食べられる恐れがなくなって、どんどん増え続けた。いつかテレビで、母親の猪が数頭のウリ坊(猪の子供は瓜に似ている)を引き連れて、人が住まない住宅地を我がもの顔で走り回っている映像を見たが異様な光景だった。
 困ったのが猪鍋会である。以来昨年まで、猪肉のない猪鍋会が続いた。
 しかし、そこはただ者ではないH。どこからかキジやシカさらにはクマなどを調達してきて、猪鍋に代る鍋を作ってくれた。いつぞやは、北海道まで行ってエゾシカを撃って持ってきた。自衛隊の経験がある彼は、ライフルも使えるのである。

 そして今年二月、久し振りに猪鍋会に猪肉が戻ってきた。原発から少し離れれば、ようやく放射能が基準を下回るようになったのである。
 現在行政は、増え続ける猪対策のために捕獲した猪一頭につき二万円の報奨金を出している。Hはワナを仕掛けて、猪獲りをアルバイトにしているのだ。この冬は十五頭獲ったらしいが、その中の放射能に問題のないとびきり上等な奴を持ってきた。
 猪鍋会が、例年にも増して盛り上がったことは言うまでもない。

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