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「800字文学館」

春うらら

首藤 静夫

 メダカの季節が巡ってきた。4月下旬には産卵が始まる、水や鉢をきれいにしよう。
 近くの二子多摩川には岸に沿ってワンド(湾処)という小さな流れや池が点在する。小エビや小魚、水生昆虫、水草など自然の宝庫だ。
 メダカ鉢の底に敷く小砂利と水草を集めにワンドにきた。水草を鉢底に植えこむと余分の有機物を吸収し、水をきれいにしてくれる。また卵を産みつける柔らかな草も必要で、金魚藻ならこのいずれにもぴったりである。

 ワンドから人の声がする。少年たちが胴長を着けて網でガサガサやっている。少し離れたところで読書する中年の人もいる。この人に軽く声をかけて少年たちのところへ。彼らは学校で飼育中の魚の餌に小エビを取っているという。金魚藻があたりに生えている。水深があるので彼らに頼むと快くとってくれた。
 小砂利を集めに河原へ移動した。セキレイの交尾を見ながら砂利をさらう。ポリ袋を持ち上げると案外重い。ギックリ腰に用心してそろそろと戻る。
「あっ、やられた」。袋のひもが切れ中身がこぼれでた。
「ハッハッハ、切れたね、袋貸そうか」。ブルーシートの小父さんに見られていたのだ。厚意を謝すも近くだから大丈夫とお断りした。身ぎれいな人だ。木々にロープをわたし衣類も干してある。哲人ターレスの現代版か。
 少年たちから歓声があがった。何かを捕まえたらしい――大きな鮒だった。ヘラブナだねと聞くと源五郎鮒だと一人が言い張る。鮒談義が始まる。メダカ用に水草など集めに来たというと、自分たちも学校で飼っているという。今度はメダカ談義だ。近くを泳ぐウキゴリ(ハゼの一種)を教えると少しだけ尊敬のまなざしに。
 突然、「帰るよ、早く支度しなさい」。読書の中年は引率の先生だったのだ。話の腰を折られて少年たちは帰り支度。先生に二言三言話しかけるが反応がない。あんたのお陰で時間が延びたといいたいのか、不審者と思われたのか、根っから不愛想なのか、春うららなのに。

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