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「800字文学館」

『北越雪譜』―雪国の百科事典

大月 和彦

 江戸末期(天保年間)に越後塩沢の人鈴木牧之が著わした『北越雪譜』は、雪の形や積雪量などのほか雪国の暮らし、風習、生活、奇談などが記されていて、雪国の百科事典といわれている。
 全篇を通じて雪に埋もれて暮らす人たちの難儀や鬱陶しさなど雪の重圧に耐え忍ぶ姿を描き、雪の降らない暖国の人に知ってほしいという牧之の強い思いが伝わってくる。

 草稿が出来てから出版までの道のりは厳しく、紆余曲折を経て戯作者山東京山の尽力でやっと上梓され、江戸時代のベストセラーになった。
 編集の際京山が加筆修正したので「鈴木牧之編撰 京山人百樹刪定」となっている。7巻(冊)に123の短文(話、条)と、牧之と京山の子京水が描いた挿絵54枚が収載されている。

 冒頭の第1話は「凡天より形を為して下す物、雨、雪、霰、霙、雹なり。…」の書き出しで雪の生成過程を、第2話には同じ頃刊行された古河藩主土井利位の『雪華図説』から謄写した雪の結晶図35枚を載せている。

 第3話以下に吹雪や雪崩の現象と被害、雪国の住居や歩行用具など雪中の生活、不思議な話、越後縮,鮭漁のことなどの克明の記録が載っている。

 気象学者岡田武松氏は、『北越雪譜』と『雪華図説』の両書を、明治以前に雪と雪の結晶を扱った唯一の研究書と位置付け「我々測候仲間は是非持っていなくては恥ずかしい古典」と評価し、『北越雪譜』(岩波文庫1936年)には序文を寄せ、註解を加えている。
 雪氷学者中谷宇吉郎博士は、名著といわれる『雪』の冒頭に『北越雪譜』第3話の全文を引用し、「この本は、雪に関する考察と雪国の生活とを書いた書物として有名であり、…かつ日本ではこの種の文献が殆どない点で珍重されているものであるが、暖国の人には想像もつかぬ事柄が描かれている」と記している。

 雪の中に繰り広げられる人々の生活や哀歓を描いた『北越雪譜』は、越後の博物誌、地誌、生活史、伝承など―雪国の百科事典として今なお読まれている。

(17・5・10)

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