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「800字文学館」

お化け椎茸栽培記

三 春

 数年前、椎茸の原木栽培を体験した。友人の別荘でのことだ。仕掛けは難しくないが、大半は大工仕事のようなもので、収穫まで少なくとも1年はかかる。それだけに喜びはひとしおだ。

 まず、原木となるクヌギやナラを伐採する。友人一家は栽培経験があり、各種の電動工具を揃えていた。チェーンソーでチュイーンと切れば気分爽快、ストレス解消にもなる。切り倒した原木を約1か月放置して葉を枯らし、枝を落として1m程度に切り揃えたものを数十本用意する。この原木に径1㎝深さ2㎝の穴を電動ドリルでびっしりとあける。椎茸菌(種駒)はこの穴とほぼ同じ大きさの円筒形に成形されているから、穴に差しいれて木槌で打ち込む。仕込み完了、「ほだ木」が出来上がった。
 次は仮伏せである。種駒の菌糸がほだ木に移って万遍なく行き渡るように、排水のよい斜面に寝かせ、遮光ネットを被せて乾燥を防ぐ。
 3ヵ月ほど寝かせたらいよいよ本伏せ。風通しよく直射日光の当たらない藤棚の下で合掌伏せにした。2つの支柱の間に横木を渡してその両側からほだ木を立てかけるとちょうど合掌しているような姿になるのだ。
 あとはひたすら待つだけ。たまにお邪魔した時にはほだ木を叩いたり音楽を聞かせたりして刺激を与える。菌を活性化させて生育を促すためだ。

 椎茸のことなどすっかり忘れた翌年の春、友人から「出た!」の電話。小躍りして駆けつける。一つがニョキと出れば翌日にはあちらこちらでニョキニョキと顔を出し、瞬く間に大量の椎茸群だ。山のような椎茸と、裏山から掘り出した筍4本を、リュックと2つの手提げ袋にぎっしり詰め込む。肩に食い込む重さもなんのその、担ぎ屋のオバサンよろしく帰京した。手のひらに余るお化けサイズだが、傘はこんもりと肉厚でジューシー、味も香りも別格で街の八百屋やスーパーの物とは比べ物にならない。素焼き、鍋、天麩羅、愛おしさも加わって晩酌が輝く。食べきれない分は干し椎茸にして友人知人に配った。

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