「三四郎」たちのアナザーストーリー
漱石の小説「三四郎」に出てくる登場人物のモデルたちは、その後どのような人生を送ったのだろうか。モデルは必ずしも実在の特定人物ではなく、当時の大学生や彼らを取り巻く人たちであろう。「それから」と「門」がその続編というが、それは今より百年前の社会状況を踏まえて、漱石自身が頭に描いた一つのケースである。
我々はこの百年間の激動した歴史を知っている。それと最も深く関わったのが、このモデルたちの世代である。その多くは後世に広く知られることもなく世を去った。一方で今に名を残す人たちもいる。その当人や関係者の中よりこの小説の登場人物に相応しいモデルを選び、架空のストーリーを描いてみる。
広田先生;「偉大なる暗闇」と呼ばれる英語教授。縁あって円覚寺の釈宗演に師事し、日本の禅文化を世界に広める。(鈴木大拙)
三四郎;広田先生の勧めにより円覚寺で座禅を行い、「迷える羊」から目覚める。出家修行し、同寺の管長となる。東条内閣の主唱「滅私奉公」に反対し弾圧を受ける。木戸らに終戦決断を迫る。戦後は世界連邦結成に奔走し、神道などと合同して、「日本を守る会」を結成。(朝比奈宗源)
美禰子;夫の赴任に伴い英国へ行くが、インド独立運動家と知り合い離婚後に再婚する。彼の日本亡命を助け、大戦中の日印友好活動を支える。晩年は教会活動に専念。(ラース・ビバリ・ボース夫人)
与次郎;脱白人主義を提唱し続け、強力な思想指導者となる。東京裁判でA級戦犯被告人となるが、東条を殴るなどの異常行為で刑を免れる。(大川周明)
野々宮;物理工学者の道を歩み、湯川らを指導し、自らは画期的なアンテナを発明。日本では着目されず欧米で評価され、「燈台」と呼ばれる。欧米でレーダー技術に応用され、日本軍敗北の技術要因を生む。(八木秀次)
よし子;軍人と結婚。夫が戦時の首相となり、東京裁判で死刑となるが、しずかに家庭を守る。子息が戦後の国産航空機開発を担う。(東条英機夫人)
注;()内はモデル。