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「800字文学館」

旅日記 ―伊勢の居酒屋―

野瀬 隆平

 その晩どこで一杯呑むか。店の良し悪しが旅の印象を大きく左右する。
 伊勢神宮にお参りをしたあと、ホテルに戻るまえに店を決めておきたい。嗅覚を頼りに、目星をつけていた何軒かを見て回る。
 その一軒はホテルの近く狭い路地を入ったところにあった。「虎丸」という名の土蔵造りの店は、白い壁と黒い板のコントラストが印象的だ。営業前だが扉が半分開いていた。中を窺うと、薄暗い中にカウンターが見える。期待できそうな店だ。自分が 寅年であるのも何かの因縁だ。ここにしようと、店内に声をかける。
 「今晩一人ですが、いいですか」
 帳面を見て確認をしたあと、
 「一人ならいいですよ」
 との返事。予約がいるほどの人気店のようだ。

 ホテルでシャワーを浴び、さっぱりしたところで、開店時間ぴたりに店に戻る。一番客と思いきや、すでに呑み始めている客が一人いるではないか。地元の常連客なのだろう。店内を見渡すと、十数人が座れる鉤型のカウンター席と、奥にテーブル席が二卓ほどある。カウンターの中では二名の板前が立ち働いている。ガラスのケースを覗くと、下ろしたばかりの鮮度の良い魚が並べられている。
 亭主が注文をとりにきた。先ずは好物の刺身の盛り合わせを頼む。さて、飲み物。地酒を冷で呑みたい。辛口を所望すると、「すっぴん るみこの酒」がいいでしょうと勧める。変な名前だと一瞬迷ったがこれに決めた。
 一升瓶から片口に注がれた酒を、お猪口に注いでぐいと一口。辛い中にも濃い旨みがある。強い酒だと思ったらアルコール17%だという。
 やがて、かき氷を敷き詰めた皿に盛られた刺身がでてきた。白身の鯛から箸をつける。期待にたがわぬ味と食感。これこれと相槌を打ちながら、酒と共に箸を進める。二合目の酒も同じ銘柄とする。いくらでも飲めそうだが、強い酒だと自分に言い聞かせ、三合目をぐっとこらえて、おしまいにする。

 少し身体が揺れるように感じたが、大虎にならず無事ホテルに帰り着いた。

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