抱腹絶倒「らくだ」
場面は薄汚れた長屋の一室、障子は汚れで薄茶色、破れぱなし、畳に腰ほどの高さの衝立があり、浴衣から血の気の引いた青白い足がここからヌット出ている。ご存知落語「らくだ」の歌舞伎劇の始まりまり。月一歌舞伎と題して、あたかも歌舞伎座公演を特等席から見られるように、シネコンで楽しめる企画である。
らくだこと馬太郎は長屋で鼻つまみ、昨日ふぐに当って死に、せめて、死んだ時ぐらいはお弔らいを出してやろうと、らくだの仲間の半次こと三津五郎が登場する。こわもての渡世人の無頼ぶりで、通りかかった屑屋の勘三郎が扮する久六を無理やり部屋に引き込み、大家から酒肴をせしめる役を負わす。久六に馬太郎に扮する亀蔵を背負わせ、死人(しびと)にカンカンノウを踊らせ、大家を脅迫する。久六のいやいやながら体を振り振り踊りと、背負られたらくだの顔は傾き、手足は久六の調子から外れ、大根のようにぶっきらぼうに手足が揺れる。これを見た家主役の市蔵の慌てふためいた驚きの表情と、苦し紛れに踊る久六、木偶の棒のように揺れるらくだ、正に抱腹絶倒の場面だった。半次、久六、らくだ、大家、大家の女房が演じるどたばた劇のこの場面を桂文楽は一人の噺で聞く人に思い起こさせるだから名人だった。
古典の歌舞伎は舞台や、役者の化粧、着物など絢爛豪華で日常から別世界に引き込んでくれるが、浄瑠璃の語らいは馴染みがなくイヤホンガイドに頼らざるを得ない、しかし、今回は歯切れの良いべらんめえ調でまくしたて演じてくれたので、直ぐに引き込まれた。
三津五郎は『武士の一分』で、きりっとした武士を見事に演じた。また、多くの番組で割合単調で、耳に入りやすいナレーションが記憶に残っている。この物語の締めくくりは勘三郎の侘しそうな屑屋が、届いた酒肴を半次のお相伴で飲み、食べるうち、酒が回り、食ってかかるように変身し、逆に半次がやりこめられる。
主役の二人とも帰らぬ人になったのは惜しまれる。