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「800字文学館」

ワイルド

平尾 富男

 「男と女の間に友情はあり得ない。情熱、敵意、崇拝、恋愛はある。しかし友情はない」。学生時代に好んで読んだオスカー・ワイルドの言葉だ。ワイルドを知る以前から男女間に友情は有り得ないと思っていた。友情のような感情が芽生える頃には、男女の間柄には必ず恋愛感情が紛れ込んでしまうと固く信じていたからだ。兄弟は弟一人で、周りの親戚筋にも同じ年頃の従妹や親しい女の親戚がいなかったせいか、女性をどこか神聖視する傾向があったと同時に仄かな憧れを抱いていたのである。その後の人生で冷たい現実を知らされるようになったのではあるが。

 「芸術が自然を模倣するのではない。自然が芸術を模倣するのだ」というのもワイルドが残した言葉。唯一の小説『ドリアン・グレイの肖像』の序文にある。活躍したのがロンドンだったから、ヴィクトリア朝時代の英国作家として知られているが、生まれも育ちもダブリン。外科医で著述家の父親と詩人の母親の間に生まれた生粋のアイルランド人である。
 ワイルドの戯曲作品の多くを学生時代に英文原作で親しみ、英国BBC放送局制作の『ウインダミア卿夫人の扇』や、ビアズリーの挿絵でも広く日本で知られているフランス語で書かれた『サロメ』も大いに楽しんだ。
 今春、湖水地方を車で周ってウインダミア湖の畔に宿をとった。宿の主人に「ウインダミア卿夫人に会えるか」(Can I see Lady Winderemere?)とウインクしながら聞いてみた。相手は一瞬怪訝な顔をしたが、「あなたは来るのがちょっと遅すぎた」(You‛ve come a little too late)と破顔一笑された。翌朝、食堂に降りて指定されたテーブルにつくと、扇子を差し出して「これが遺された扇だ」と言う。中々ユーモアのセンスに溢れた親父さんではあった。
 皮肉屋ワイルドは多くの名言を遺した。「男は人生を早く知りすぎるし、女は遅く知りすぎる」や、「男は愛する女の最初の男になる事を願い、女は愛する男の最後の女になる事を願う」は男女に関する言葉の中でも忘れられないものである。

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