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「800字文学館」

山菜採り(四) 「あさつき」と「みずな」

藤原 道夫

 「あさつき」について辞典類で調べると、ねぎの類で細い葉を食用にする、葉の色がねぎよりも薄いことなどが記載されている。ここで取り上げるあさつきは、少し膨れた若い鱗茎を食用とする野草である。
 「みずな」は植物図鑑に載っている山菜で、学名はウワバミソウ、うわばみが出そうな所に生えると記してある。「みず」とも呼ばれる。

 あさつきは雪が融けると、土手や野原に真っ先に黄色い芽を出す。先を削って平たくした棒を芽の根元を狙って差し込み、鱗茎を掘り起こして採った。泥をつけたまま持ち帰ったあさつきは、家の前を流れる小川の洗い場できれいにされた。手の凍える作業だった。川の水量は多くないが、村の人々は「三尺流れれば清い水」と言いながら洗い場を活用していた。髭根を除いたあさつきは白く輝くばかり。その酢味噌和えは早春の味と香りをもたらしてくれた。

 みずなを採りに五月下旬から六月半ばにかけてよく山に入った。みずなは沢沿いに沢山生えており、容易く採集できた。この山菜の主な使い道は、葉を削いだ茎を短く切り、米と共に炊き込んでご飯の量を増やすこと。赤い根は細かく刻むととろろ状になる。そんな一品も食卓に出た。
 戦後の一時期、山村の我が家でも米が不足がちだったようだ。農地改革法により家の田畑はほとんど人手に渡り、小作米が入って来なくなった、と聞かされた。それでも山村だからこそ、食料の調達は難しくなかった筈だ。みずなはほんの一時期使われた。

 シリーズで取り上げた「山菜採り」の他に、秋には栗・胡桃・あけびの実を採りに山に入った。様々な自然の恵みを採取するのは楽しみだった。と同時に、それらを育む自然のエネルギーに驚き、感謝の気持ちを抱いた。そんな思いを起こさせる源となる遺伝子は、遠い祖先から受け継がれてきた。山村で過ごした少年期の自分の中で、その遺伝子が活性化する機会を得たのだ。体験したことは、生涯にわたって心の中で響き続けるだろう。

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