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「800字文学館」

化政文化は、江戸の庶民が担い手だった

斉藤 征雄

 「何でも読もう会」で『北越雪譜』が書かれた時代背景に関連して「江戸の化政文化は享楽的退廃的過ぎるので、いただけない」と言ったら、何人かの方から「江戸文化への理解が足りない」とのご批判を頂戴した。

 昭和の初期にエログロナンセンスという言葉が流行したように、文化が低俗化することは他の時代にも見られたが、江戸の化政文化は典型だろう。
 固定化された身分制度、家族制度、生活様式を幕府から強制され、人びとは抑圧された本能を風刺や皮肉、果ては愛欲と笑いに救いを求めようとした結果の産物といわれる。それが川柳、狂歌をはじめ、洒落本、滑稽本、黄表紙、人情本などの読み物に如実に表れた。
 さすがの幕府も風俗の矯正に取り組まざるを得なかった。寛政の改革では、男女混浴などを禁ずるとともに洒落本作家の山東京伝、黄表紙の恋川春町そして版元の蔦屋重三郎を処罰、天保の改革でも人情本の為永春水を罰した。併せて大奥の経費を三分の二に減らすとしたのは政権のバランス感覚の付録だった。

 しかし調べてみると、学者のあいだでも化政文化を退廃的と見る見方だけではないことがわかった。もちろんこの時代、国学や洋学が発達し俳諧でも蕪村や一茶が出た。また浮世絵の芸術性は世界的な評価を得ているが、ここで言おうとするのは化政文化のこうした優れた面の事ではない。いわゆる俗文学といわれる洒落本、滑稽本などにも積極的に文学的価値を見出そうとする学者が多くいるということである。
 つまりこれらの一連の読み物は低俗ではあるが、登場するのは江戸庶民であり、江戸庶民が親しんだ文化そのものである。そういう意味でこれらの文芸は大衆的普遍性を持っていて、それが明治以降の近代文学への橋渡しを担ったという解釈である。

  元禄文化は上方中心。化政文化は初めて江戸の庶民が担い手となった文化である。冒頭のご批判は「江戸の庶民の果たした役割にもっと思いを致すべき」という趣旨だと理解し、安易に享楽的退廃的と言ったことを反省している。
【化政文化:文化・文政時代を中心とするが、享保時代頃から含めて広く江戸時代後期の文化をいう】。

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