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「800字文学館」

夏の夜の夢

首藤 静夫

 うかつだった。夏の海を楽しんだのはいいが、半袖に半ズボンが災いして赤く日焼けし、風呂の湯でもひりひりする。そればかりか、手足が火照って寝つかれない。冷房を効かせ、体の芯は涼しいのに――。
 ふと、ベッドに備えつけたサイドガードに腕が触れた。金属のひんやり感がたまらない。しばらく片腕を任せていたが、手と足3本が残っている。
 数日後、俳句歳時記の「夏」の項に「竹夫人」を見いだした。初めて目にする言葉で想像もつかない。竹の季語は「竹の秋」(春)や「竹落葉」(夏)など季節の意外性に富む。竹夫人も何やらいわくありげなと思い、調べてみた。
 竹夫人は「ちくふじん」と読み、暑さ対策として用いられた抱き枕のことだった。これを抱いたり手足を乗せたりすると涼しいらしい。日本版「ダッチワイフ」では決してない。涼をとるための古人の知恵だ。まさに夏の季語なのだ。
 竹夫人は円筒状で、長さが1メートル超、胴まわりは抱くのに適当なサイズだ。昔、鰻を川で捕える時に竹籠を使ったがそれを大きくした感じで、胴には1、2カ所のくびれがある。そこに手を回そうと頭、手足をのせようと自在だ。竹のもつ涼やかな質感、空気の流れが良い中空性などうまく考えられている。
 冷房のない時代、蚊の鳴く音に悩まされ、風のない蚊帳の中で寝苦しい夜を過ごすつらさは過去の話になった。だが季語だけは滅びずに今に残っている。ためしに他の「夏の季語」を調べると、

飯笊(めしざる)、花茣蓙・寝茣蓙、竹席、円座、蚊帳、氷室、露台、肉桂水(にっきすい)、まくわ瓜、振舞水・・・・・・。

 現在ではお目にかからない言葉が並び、俳句文化の守旧性を物語っているかの ようだ。

 竹夫人があったらよかった。これなら手足を一度に冷せるし、上から覆いかぶさっても、下から抱き上げても思いのままだ。きっと楽しい夢をみることだろう。ただ、別の火照りで眠れないという御仁にはお勧めできない。

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