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「800字文学館」

出会いの曲

川口 ひろ子

 所属するモーツァルトのファンクラブ「モーツァルティアン・フェライン」は同人誌を発行している。今秋出版予定の100回記念号を祝って「モーツァルトとの出会いの曲は?」というアンケートを会員全員に行った。私は以下のように答えた。

出会いの曲:ディヴェルティメント変ロ長調K287。
コメント:65年程前のまだ中学生の頃、この曲の第2楽章のメロディがラジオの連続放送のテーマ曲として使われていました。番組の内容は忘れましたが曲だけはよく覚えています。モーツァルトの作品と判ったのは大人になってからのことです。
心が静まります。是非聴いてみて下さい。

 昔からクラシック音楽を聴くのが好きであった。まだ戦後の混乱が収まらない当時、音源ははもっぱらラジオ放送であった。そんな時代、NHKの番組のテーマ曲としてこの調べが流れていた。繰り返し聴いているうちに私の心に刷り込まれてしまったようだ。
ディヴェルティメントK287の CDを聴く。演奏はアカデミー室内アンサンブル。
 20歳のモーツァルトはザルツブルクの名家ロードゥローン伯爵家の祝宴の為のバックグラウンド・ミュージックとしてこの曲を作った。先ずドイツ民謡「さあ、早く、私はハンスだ」に基付く優美な主題が現れ、これが巧みに変奏され陰影に富んだ旋律が次々に登場、その第2楽章のメロディが270余年後のラジオ番組のテーマ曲に使われたのだ。1分に満たないアンダンテが私に至福の時を与えてくれる。太陽のぬくもりを背中一杯に受けて得も言われぬ心地よさに体を揺らす私。この身に何の憂いもない。
 音楽学者にして熱烈モーツァルティアンであるJ・V・オカールは「いかにしてモーツァルトに近づくか?」の問いに対して「頭で聴くのではない。只、耳を傾ければ良い。そして突如取りつかれること」と答えたという。無心に、ひたすら、宗教体験と似ている様にも思えてくる。

 会員の皆さんの出会いの曲は? 秋が楽しみだ。

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