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「800字文学館」

昭和の百人(その二)

稲宮 健一

 前回に続き、文春「鮮やかに生きた昭和の一〇〇人」を別の面で見てみよう。当然写真集なので、ページ毎に主題の人の顔写真が大写しになっている。最近の医学の話題では、笑いは免疫力を強め癌予防に効果あるとして、一日一回大笑いしようと勧められている。
 今東光和尚は大きな口を開けて、自己の宗教論を挙げ、他の宗教者に憚らない勢いで放言し満面の笑いが写っている。川端康成は「伊豆の踊子」の撮影に絡んで、吉永小百合と自宅で対談し嬉しそう。川端はいつもなかなか気難しいが、美人を前に大いに心が和んだ表情だ。山本周五郎は堅苦しい所に出るのは嫌いで、いささか酔いが回って放心した顔で、芸者の膝枕で目を閉じ陶然とした表情が印象的だ。江藤淳夫婦、有吉佐和子夫妻は共ににこやかな一カットだ。江藤淳の愛妻家は有名で、一卵性夫婦と揶揄されていた。愛妻が先に没すると、自らも消えた。永井荷風の戦後は若かりしときの勢いを失い、浅草のロック座などで、裸の踊子と少し自嘲したような笑顔が心情を表している。

 多くの話題の人の表情は何気ない普段の顔が多い。その中で薄っすらと一筋の涙が頬に伝わった顔がある。最後のページに昭和の締めくくりとして昭和天皇の尊顔が写っている。昭和六一年の在位六〇年の式典で、木村睦男参議院議長が祝辞の中で玉音放送にまつわる苦しかった頃の話題を述べたので、当時を思い起こされたのだろう。

 昭和天皇と笑いに関して面白い逸話が残っている。敗戦のどさくさが少し落ち着いた昭和二四年、当時主要なメディアであるラジオの番組で、軽快な発言で人気のあったフランス文学の辰野隆、声優かつ一言居士の徳川夢声、詩人で元不良少年のサトーハチロウが宮中に招かれ、漫談を陛下になさった。三人の天衣無縫の下種な雑談に陛下は腹を抱えて笑われたとのこと。戦前の重厚な菊のカーテンの中、終戦に当たっての未曽有の国難の克服、戦後の開放された時代と、時の流れた実感できる事柄だ。

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