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「800字文学館」

酒量

大森 海太

 大学の運動部時代の友人Aは、数年前奥さんを亡くして以来、信州の山荘にこもって自適の生活を送っている。この夏、いつものように仲間のKとHと3人で彼を「慰問」したときのことである。

 四時ごろからスタートして先ずビールでのどを湿したあと、Aはいつもの甲種焼酎(週に4Lペットボトル一本)のウーロン割り、KとHと私はH持参の大吟醸四合瓶を飲み始める。夕日が山の向こうに沈みかけるころ大吟醸がなくなって、Aの手料理(枝豆、サバの塩焼き,麻婆豆腐、漬物など雑多)を肴に、小生が持ってきた乙種芋焼酎一升「箱」お湯割りに取り掛かる。
 一〇時過ぎにHが大人しくなったが(寝てしまった)、残る三人でなおも話は延々と続き、夜も更けるころになって突然Kの詩吟が始まった。鞭声粛々なんとかかんとか、近所迷惑だからいい加減にしろと言ってもとどまることを知らない。ついに芋焼酎がカラになり、しかたがないのでAの甲種で飲み足すうちに、フト時計を見ると午前一時、開宴から九時間が経過している。もうそろそろ寝ようかということで漸くお開きになったが、この間の酒量はAのウーロンハイ(何杯飲んだか知らないが)もいれるとかなりな量になったはずである。もっとも四時ごろ飲んだ分は七時ごろには醒めかけているのだから、あとはその分だけ補充を続けたということであろう。

 伊丹十三の「酒量」という題の随筆によると、あるとき俳優仲間六人で一晩飲み明かし、翌朝魚河岸の寿司屋でまた少し飲んで解散したが、その間二十四時間に清酒五升、ウイスキー二本、ブランデー一本、シャンパン三本を空けたという。そして「僕たちの酒は分量でなくて時間で計るのです。ま、二〇から三〇時間ってところでしょうか」とのたまう。それからいうと我々爺さんたちの酒量はせいぜい九時間ってところでしょうか。

 なお四人は翌日近所のゴルフ場で十八ホールを無事完走した。スコアは聞かずもがなである。

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