作品の閲覧

「800字文学館」

奥床しさとは……

内藤 真理子

 「何でも読もう会」で、芥川龍之介の「手巾」が取り上げられた。この作品を読んだ時、私にはどうしても理解できなかった。
 大学教授の長谷川謹造先生が、自宅で専門外の「ストリントベルクの作劇術」を読んでいた。から始まるこの小説のさわりは……。

 本を読んでいる所に、西山篤子という女性が訪ねて来る。面識は無かったが、先生が校長を兼ねている高等専門学校の教え子の母親だという。その子も、左記の本の評論を書くような生徒だった。
 彼女は丸顔の琥珀色の皮膚をした賢母らしい婦人である。椅子を勧めると、突然の訪問を謝して腰をかけ、同時に袂から白いハンカチを出した。
 先生は西山君が入院していたのを思い出して、容態に変わりはないかと聞く。
 すると彼女は倅が死んだ事を告げ、倅が先生の噂などしていたのでお知らせ方々お礼に来たのだと言い、倅の最後の病状などを話した。先生は、そんな話をしている夫人の態度や挙措が、少しも自分の息子の死を語っているようではなく、声も平生通りで口角には微笑さえ浮かべているのを不思議に思った。
 その後、先生は落とした物を取ろうと、テーブルの下に目をやったら、夫人の膝の上のハンカチを持った手がはげしく震えているのに気がついた。彼女は顔でこそ笑っているが、全身で泣いていたのだ。
 それを見て先生はこれこそ「日本女性の武士道だ」と感動した。
 その後「ストリントベルクの作劇術」の続きを読むと、そこに――ハイベルク夫人のパリでの出し物のハンカチのことが書かれてた。それは顔は微笑しながら、手はハンカチを二つに裂くという二重演技であり、我らは今、臭味と名付ける――とあった。先生の頭に、武士道のマニュアルという考えが浮かんだ。

 私はこれを読んで「婦人は息子の本を読んで真似たのだろうか? でもなぜそうするのか理解できない」と言って、読もう会の面々の大ブーイングに遭った。
 面々は、日本女性はこの婦人のように奥床しいものなのだと……。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧