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「800字文学館」

冷やし中華

斉藤 征雄

 夏場、昼食に冷やし中華をよく食べる。冷やした中華麺の上にキュウリやトマト、ハム、錦糸卵、ワカメなどいろいろな具材をのせるあれである。かけ汁は好みもあるが、私は酢の利いた醤油だれが好きだ。
 中華料理ではなく、れっきとした日本の料理だそうだ。しかし日本料理の中で、たとえば丼物のようにしっかりとした定位置を確保しているというほどのものでもないようである。その証拠に、多くの中華料理店、ラーメン屋、大衆食堂で食べられるが、ほとんどが夏季限定でしか扱われない。

 夏が近づき、場末の食堂などで壁に貼られた「冷やし中華はじめました」の貼り紙を見ると、ああ夏が来たんだと思う。あの貼り紙は、日本の夏を象徴する風景である。
 しかもその紙は夏中はがされることもなく、薄汚れながら秋風が吹くころまで貼り続けられる。それがまた何とも言えない哀愁を呼ぶ。
 やがて貼り紙がなくなると季節は移り、人びとは冷やし中華のことを忘れる。

 冷やし中華は、何故夏だけのものなのだろうか。
 さっぱりとした食感とさまざまな食材を使った栄養バランスが、食欲が落ち気味になる夏に好まれるということだろう。一方で提供する店側の事情もありそうだ。冷やし中華はいわばラーメンの亜流的存在だが、具材、仕込みともラーメンとは異なり手間もコストもかかりそうである。だから営業的に厳しいので、需要の多い夏だけに限定していると考えられる。

 スーパーでも家庭用の冷やし中華を売っているが、これも夏季限定である。冬でもアイスを売っているくらいだから年中扱ったらどうかと思い、大手食品会社のお客様相談室に電話してみた。「生ものなので賞味期限の問題もございますので、需要期に限らせていただいております。ちなみにインスタントの冷やし中華は通年で扱っておりまして、生感覚でご賞味いただけます」との返事。やはり夏しか売れないということらしい。
 冷やし中華は、日本人が生み出した夏の風物詩なのである。

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