作品の閲覧

「800字文学館」

スイッチョンが聞こえない

首藤 静夫

 本格的な秋の到来だ。僕の住居は多摩川の近くなので、昼夜を問わず虫の音が聞こえる。
 ところで、童謡「虫の声」には5種類の虫が登場する。この童謡を参考にユーチューブで実際の鳴き声を確認した。
 マツムシのチンチロチンチロ チンチロリン、スズムシのリンリンリンリン リインリン、クツワムシのガチャガチャガチャガチャは、まさにこんな感じだ。音楽と実際の声は当然違うが、それぞれの虫の気分がよく出ている。
 コオロギのキリキリキリキリはよく分からない。コオロギは種類が多く、状況により声も変わるとか。お手上げだ。
 問題は最後のウマオイである。チョンチョンチョンチョン スイッチョンとあるが、そうは聞こえない。しかし、スイッチョンという聞きなしが定番のようだ。耳がおかしいのか、僕には細い絃を弾くような「ビーン ビーン」という単調な音に聞こえる。少なくとも音の出だしは濁音だ。
 ウマオイはキリギリスの仲間で、この仲間は何かをこする感じで鳴く。イソップ童話の『アリとキリギリス』でも、キリギリスが弾いているのはバイオリンだ。やはり、ビーとかギーとかに聞こえると思う。
 ウマオイにこだわるのには理由がある。長塚 節の短歌、
 馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋は
まなこを閉ぢて想ひ見るべし
 秋の訪れにふさわしい繊細な歌だ。せめてウマオイだけでも聞き分けるようになりたいのだ。
 話はかわるが、野鳥の聞きなしではホオジロの「一筆啓上仕り候」が有名だ。聞くたびに「一筆啓上・・・・・・」と合わせていると、そのように聞こえてくる。ところが、別の聞きなし例を見つけた。「札幌ラーメン味噌ラーメン」だ。そんな馬鹿なと思っていたが、ある時家の近くで本当にそのように聞こえた。頭の隅に「札幌ラーメン・・・・・・」が残っていたのだろう。
 となると、スイッチョンも馬鹿にできない。いつかそのように聞こえるかも知れない。それを楽しみに多摩川原をさまようとしよう。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧