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「800字文学館」

昔ツツガムシ 今マダニ

藤原 道夫

 先だってマダニに咬まれた人がSFTSという重篤な感染症に罹って死亡したことが報じられた。今この感染症とそれを媒介するマダニが注目されている。
 世界全体を見渡すと、ダニ類や昆虫によって媒介される感染症は沢山あり、数億もの人々が苦しんでいる。その代表例がマラリアだ。以前は日本でも流行があり、平清盛はこの病気(瘧・おこり)によって死んだと伝えられている。明治以降沈静化し、現在はない。30年程前まではツツガムシ病が問題だった。
 昭和30年頃まで新潟、山形、秋田県の河川流域で、夏季にツツガムシ病の発生がみられた。その後同じ病気が全国的に少数ながら出ている。この感染症はツツガムシに咬まれた際に、リケッチアが体内に注入されることによって起こる。その病原体は細菌とウイルスとの間の大きさ。発症すると高熱と発疹が出て、時に致命的となった。「恙無きや」という問いは、「ツツガムシ病に罹っていませんか」という解釈もある位で、典型的な病気だったと思われる。リケッチアにはクロロマイセチンが聴くので、現在死亡する例はない。
 最近報告されたSFTSは、マダニに咬まれた際にウイルスが体内に注入されることによって起る。症状は高熱と皮下出血で、特効薬がなく、致死率が約20%という恐ろしい病気だ。原因ウイルスは4年前に中国で見つかった。ウイルスを保有するマダニはごく一部。
 マダニは山野に棲息していたが、野生動物が人家近くに出没するようになり、ペット(特に猫)に付いて人の生活圏に拡がって来た。猫や犬がSFTSに罹ることも分かってきた。
 昆虫類が媒介する感染症の分布は世界的に変化している。これには地球温暖の影響もあろうし、人と物の移動がグローバル化してきたことにもよる。従来流行がなかった地域でも、感染症が発生する危険性が高まるばかりだ。他の感染症を含めて、公的な防疫対策は後手に回りがち。我々はそんな時代に生きていることを忘れてはなるまい。

※SFTS 重症熱性血小板減少症候群

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