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「800字文学館」

バイエルン国立歌劇場日本公演その1 オペラ「タンホイザー」

川口 ひろ子

 ドイツ南部の都市ミュンヘンに建つバイエルン国立歌劇場の今年の日本公演は、ワグナーの「タンホイザー」。9月21日の公演を鑑賞した。
 快楽に浸る「愛」と命の永遠を祈る「愛」。悪女と聖女2人の女性の間で葛藤する青年タンホイザー。彼の生と死を描き、魂の救済を問うオペラだ。

 難解な筋書きよりも、今回私の一番の期待はタンホイザーを歌うクラウス・フローリアン・フォークトだ。今が旬、実力、人気とも世界の頂点に立つテノールの生の声をたっぷりと浴びて、弱る足腰に活を入れたくてチケットを買った。
 爽やかな高音を自在に操って物語の陰影をくっきりと表現している歌唱は素晴らしいと思ったが、残念ながら期待には届かなかった。初挑戦とのことで緊張の結果だだろうか。役を十分に消化出来ていない感じで歌、演技とも遠慮がち、説得力に欠ける。

 これに反して良かったのはキリル・ペトレンコ指揮のバイエルン国立歌劇場管弦楽団の演奏だ。頑張っている日本のオーケストラには申し訳ないが、平素聴いている我が国のオケとの違い愕然とする。弦楽器、管楽器、どの楽器も豊かな響きを持ち、私たち聴衆をねじ伏せる迫力がある。技術以上にドイツ音楽の伝統の重さと肉を常食とする西欧人との体力の差のようにも思える。
 このレベルに団員の実力を引き上げたのは天才指揮者ペトレンコだと言われている。多くのワグナー作品で大成功を収め瞬く間にヨーロッパ第一の実力者と称され、2013年にこの歌劇場の音楽総監督となった。その才能の凄さを、この日、この耳で実感できたのは、私の今年一番の収穫だ。

 カーテンコールだ。
 一番拍手の多かったのは主役のフォークト君ではなく指揮者のペトレンコだ。派手な「ブラーボ!」まで飛び交って大変な盛り上がりだ。
 贈られたまばらな拍手にしらけ顔のフォークト君はまことに気の毒であったが、これは現実だ。まだ若い。多くの役に挑戦して、頂点を目指して頑張ってほしい。

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