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「800字文学館」

京都のお姫様お殿様

三春

 京都駅に降り立つころに雨が降り出し、翌朝には土砂降りとなった。台風22号の影響だ。大原の散策を諦めて、市内の寺巡りに切り替える。
 建仁寺の「風神雷神」などの屏風絵や襖絵は京都国立博物館で保管され、寺で展示されているのは高精細複製画である。旅先では美術品も食べ物も現場の雰囲気との相乗効果が肝心、たとえ複製品でもその寺で鑑賞するほうがしっくりくる。
 そこへ華やかな和装のカップルがやってきた。「さすがは京都、この大雨でも着物とは!」と感心した。雑誌の取材だろうか、アイドル気取りで石庭の前に立つ二人に、同行のカメラマンが盛んにシャッターを切る。見ているこちらが恥ずかしくなるような大げさなポーズに不自然さを感じ始めたころ、彼らの話声が聞こえた。中国語だ。改めて観察したが、着崩れもなく着物もまともに見える。そんなカップルを建仁寺だけでも6組は見かけた。女性は振袖や訪問着で、男性は着流しや袴姿である。
 後で調べてみたら京都は今やレンタル着物ブームで、着付けからヘアメイク、草履や小物まで一切合切で3000~10000円。数十件の観光客向けレンタル店が軒を連ね、客の7割以上を中国や台湾の観光客が占めるという。お姫様や舞妓はん、お殿様や忍者になってみたいという変身願望が火付け役らしい。
 原色の派手な着物で闊歩する姿に眉をひそめる日本人も多いだろう。だが、浴衣にスニーカーで花火見物のご時世だ。面倒さや高価さゆえに日本人自体の着物離れが進むなか、何のこだわりもなく人目も気にしない外国人観光客が、伝統文化の雰囲気を楽しみつつ古都の景観を盛り上げ、お金も落としてくれるとなれば、そう目くじらを立てることでもあるまい。
 知り合いの中国語通訳者から聞いた中国のネットニュースを紹介しよう

京都を訪れた中国人が「現代日本において伝統衣装の和服を着て歩く日本人」の姿に新鮮さを覚えて次々と写真に収めていたところ、和服を着ていた人のほとんどが「同胞」だった。

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