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「800字文学館」

ツール・ド・フランスとイゾアール峠(2360m)

志村 良知

 世界最高の自転車ロードレース、ツール・ド・フランスは、約23日間ぶっ通しでフランス・アルプスとピレネーを越えて走り続ける超人レースである。地元フランスからは1985年以来総合優勝者が出ていない。去年総合2位だったフランス選手が、今年は大詰め近い17日目に快走して差を詰め、僅差の2位で国民の期待を背負ってアルプスのイゾアール峠に挑んだ。その中継を見ていて昔そこで会った出来事を思い出した。

 2000年9月、峠の北側。道の脇に警官が二人いて峠に向かう車を一台づつ止めている。「映画の撮影があるので頂上から先は1時まで通行止め」
 頂上直前で道路は閉鎖、係員に駐車場の隅に誘導された。物陰で警官が立ち小便していた。駐車場の道路に近い場所には古い型の車が並べられ、自転車レースの選手やサービスカーなどでごった返し、ニッカーボッカーや鳥打帽など一時代前の服装をした老若男女の観衆役もたむろしている。さっきの警官もエキストラだったか。車の型や服装から1960年頃の設定のツール・ド・フランス映画らしい。
 しばらくするとスタッフがエキストラを配置し、一般人を退がらせ始めた。物見高いうちの奥さんが最前線でカメラが狙っている方向を眺めていると「エクスキュゼ モア、マドモアゼル……」。マドモアゼルと言われちゃあしょうがない、にっこり笑って退がる。

 舞台は今年のツールと同じく峠の南斜面の山登り。本番さながらに2キロ程に伸びた数十人の選手たちの自転車にサービスカーが混じって登ってくる。それを移動カメラが撮っている。一番丁寧に撮られていたのは目印に箒を立てたレース殿車の直前で喘ぐチーム6人の選手で、2台のカメラに挟まれて頂上にやってきた。観衆役が沸く。どうやらこの殿車に追われるタイムアウト寸前のチームが主役のようであった。

 2017年イゾアール峠。トップの英国選手が仲間の絶妙のアシストを得て差を広げ、フランス国民の夢は1日で消えてしまった。

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