作品の閲覧

「800字文学館」

縫ったから労働災害事故

志村 良知

 工場の中にある技術開発部門にいた若い頃、労災事故を起こしたことがある。
 商品の低温での性能試験をするには機械と測定器一切を低温試験室に入れる必要がある。低温試験室の出入口は冷凍冷蔵倉庫と同じで大きく重い断熱ドアは周囲が壁と噛み合い、下には段差がある構造である。試験する機械は百キロはあったので台車に乗せ、段差越え用備品の鉄製のスロープを取り付けて動かしていた。
 数人の同僚との作業の息が合わず、はずみで台車がスロープから脱輪し、大きく傾いた機械とドアの間に左手の小指を挟まれた。
 衝撃と激痛とで指詰めかと思ったが、どうやらくっついている。医務室に行くと看護師さんが「これは縫わないと……」という。看護師さんの付き添いでタクシーで病院に着くと、連絡が行っていて急患扱い。レントゲンを撮って骨折が無い事を確かめた後、改めて傷を見ると小指の第一関節の下がばっくり開いている。若い医師が局部麻酔で手際よく5針縫って処置終了。

 「縫ったから労災」との判定で微妙なところで労災になってしまった。治療費は全額会社負担の保険カバーになるが、傷口に貼り付かないガーゼは保険適用外とのことで、毎回2円の現金払いで領収書を貰い、会社に請求するという羽目となった。
 勤務時間内の通院は会社手配タクシーは嫌なので自分で運転して行った。駐車場は中庭にあり、暇な入院患者が病室の窓から見下ろしていて、大ギャラリ―の下、左手に大きな包帯を巻いた身での駐車は毎回大汗をかかされた。

 職場でのその後も大変だった。工場安全課と技術開発部員代表が立ち合いの下の現場検証と再発防止策の策定、事業所長宛て始末書。何より「その程度で縫ったのかよ」という非難込みでの通算無災害時間記録を途絶えさせたことへの怨嗟。たるんでいる技術開発部が管理徹底している生産現場と一緒は迷惑だ別にしろ、という弱者切り捨て論などなど。当然その期の賞与にも影響したのは間違いない。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧