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「800字文学館」

ツアーの一人旅

清水 勝

 秋は温泉とカニを求めて夫婦で北海道旅行をしている。もう十年もの恒例行事だ。ところが今年は違った。母娘旅行をしたいと言う。要するに「あんたとの旅行は飽きた」ということらしい。
 そんな訳で、已む無く一人旅を計画した。旅行会社のパンフレットで【朝一番の香嵐渓たっぷり三時間滞在、国宝犬山城・犬山寂光院と直虎ゆかりの蓬莱寺山・方広寺】が目に留まった。さらに一人旅OK!ビジネスホテルのシングルとある。これに決めた。
 当日は静岡駅から貸切りバスに乗り、直虎のロケ地となった方広寺に着く。次いで井伊直政が匿われた山深い蓬莱寺山へ。
 翌日は楽しみな香嵐渓だ。ここは足助の地にあり、巴川添いから飯盛山頂まで四千本の紅葉がある。
 この旅行の良さは、ガイドが一切なく、目的地に着けば一時間程の自由時間がある点だ。香嵐渓では三時間もあり、紅葉を観るもよし、伊那街道の中継拠点だった足助の街並みを観るもよし、城好きには少しは離れた足助城まで行くもよしだ。この後の犬山城も寂光院も同様であった。
 バス中の人間観察もまた面白い。夫婦参加者、中年おばさん四人グループ。そして一人旅の女性と男性がいる。
 最も騒がしいのはおばさんグループ。よくぞ話題が尽きないなと思うほど喋り捲っている。次は女の一人旅の皆さんで、旅好きの人ばかり。「ここも行った、あそこも行った」と自慢し合っている。
 男の一人旅は、男やもめかと思いきや全員奥さんは元気だと言う。「ただ、趣味が合わなくてね」と。そういえば皆さん、趣味をお持ちで、日本の名城百にチャレンジしている人。写真撮影が全てという人。パンフレット集めのための旅行をしているかのような人等々。こりゃ奥さんと一緒は無理だ。
 さて仲の良い夫婦組はどうだろう。観光地では一緒に歩いていたが、バスの中では会話なしだ。ご主人は居眠りと決め込んでいる。余程「こちらに入りなさいよ」と声を掛けてあげたくなる。
 こんな一人旅もまた楽し。

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