ヴァンダル人
「南仏プロヴァンスの十二ケ月」というベストセラーで有名なイギリス人ピーター・メイルによる「贅沢の追及」(原題Expensive Habits)は私の愛読書の一つであるが、その中の一節「黒い真珠をほおばる」では、最高級のキャビアの賞味法を次のように紹介している。
カスピ海や黒海に生息する大型のチョウザメ「ベルーガ」の雌は、二十歳でようやく産卵が可能になる。これを生け捕りにしてすばやく卵を取り出し、篩にかけて洗って少量の塩で加工し、小さな缶に詰めて冷やした状態でキャビアとして世界各地に出荷される。チョウザメの希少価値や加工技術、輸送の難しさなどから、ロンドンやニューヨークのレストランで供される時には超高価な食材となる。
これを味わうにあたって最も大事なことは、このキャビアをいかにそのままの状態で口の中に運び、美味なる粒々を舌の上ではじけさせるかというところにある(このための金のスプーンが珍重された)。しかしなかにはせっかくのキャビアをタマネギやゆで卵のみじん切りといっしょくたに混ぜて、ピーナッツバターのようにトーストに塗り付けて食べる連中がいる。「野蛮人のすることである」とピーター・メイルは決めつけている。
この部分は原文では They are vandals. と記されている。この「ヴァンダル人」とはもともと現在のポーランドあたりに居住していた東ゲルマン民族の一派であるが、四世紀後半、他のゲルマン諸族の大移動とともに西に進み、ガリアを横断してイベリア半島から長駆北アフリカはカルタゴの故地にヴァンダル王国を立ち上げた。その後シチリアなど地中海の島々を制圧し、さらに都市ローマを徹底的に掠奪して西ローマ帝国を滅亡に導いたことから、今もなお文明や芸術を破壊する者の代名詞としてこのように用いられているのである。
なおヴァンダル王国は百年後、東ローマ帝国のユスティニアヌス帝に滅ぼされて北アフリカは東ローマ領となり、さらにその後は次第にイスラム化していった。