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「800字文学館」

寿司屋でのうん蓄話

中村 晃也

 寿司屋で隣り合ったおじさんの話に聞きほれた。

【握りずしと言えばガリは付き物だ。ガリはショウガを薄くスライスして甘酢につけたもの。名前の由来は食感がガリガリするとかショウガを薄く削る時の音とか諸説あるんだ。
 ショウガは漢方では生姜(ショウキョウ)と言って胃腸の働きを活性化し、身体を温める作用があるという。握り寿司は生の魚を美味しく食べさせる江戸前ならではの味だが、生だけに食べると腹が冷えやすくなる。ガリを一緒に食べると冷やされた腹を温め、胃腸の働きを活発にして食欲を高めるのだそうだ。昔の人はよく考えているよな?

 因みに魚の切り身を刺身っていうのは、江戸時代に原料の魚を識別するために鰭を切り身に刺すことから刺身と呼ぶようになったそうだ。
 刺身に添えられているワサビ、ショウガ、などの辛み、香りものともいうが、それとワカメなどの海藻類、ミョウガ、シソ、大根の千切り、菊の花などの野菜類を総称してつまと呼ぶ。これらは見た目が綺麗な上、抗菌・殺菌作用があり、魚の臭みを消す効果があるんだ。
 特に大根の千切りは重宝なもので、刺身の下に敷いてあれば敷きつまと呼び、縦に並べてあればケンと呼ぶ。大根があると食当たりしないことから、芝居で当り役がない役者を大根役者と呼ぶようになった。

 何故つまと呼ばれるようになったかって?本命の刺身に何時も寄り添う、夫に対する妻になぞらえたという説と。料理の端に置くので端、褄(つま)と呼ばれるようになったという説がある。

 俺か?俺はそんな酒飲みではないよ。ただ、飲むのは月水金と火木土に決めているんだ。日曜日は週一度しか飲まない。酒が身体にわるいというなら仕事のほうがよっぽど身体に悪いさ。長生きするには毎日規則正しく不摂生するに限るよ】

 感心して聞いていると、板台からニガリ切った声がかかった。
「お客さん、ガリばっかり食べていないで何か握らせてくださいよ」

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