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「800字文学館」

葉室 麟『千鳥舞う』と博多八景

清水 勝

 昨年12月23日、直木賞作家で歴史小説家の葉室麟さんが亡くなった。以前「何でも書こう会」で『北海道月形町』を書いた際に、葉室さんの『月神』を参考にした。この作品には九州出身の月形潔が登場するが、他の作品にも九州人や九州を舞台とした小説が多い。葉室さんご自身も福岡県を離れることなく、九州に熱い思いを持ち続けてきた作家である。
 作品の中に『千鳥舞う』がある。この小説は主人公の女絵師里緒が博多八景の屏風絵を描く中で、それぞれの景色で巡り遭う人々の、悲しい愛の物語である。描かれた愛と共に注目したのは博多八景だ。
 博多には出張等で行ったものの中洲までだったと反省。

『濡衣夜雨』:
御笠川に架かる石堂橋の袂(たもと)に『濡衣塚』があり、後妻が先妻の子の美しさに嫉妬し、濡れ衣を着た娘を父親に殺させるという昔話に由来して作られた塚。夜中に降る雨は悲しい涙か。
『長橋春潮』:
龍宮寺にあったと伝えられる幻の橋で、人々が行き交う長橋の春の情景。
『箱崎晴嵐』:
箱崎浜から観た晴天の日の霞の美しさ。なお、筥崎宮(はこざきぐう)には恐れ多いと周辺の地名は箱崎と表示している。
『奈多落雁』:
海の中道の付け根にある奈多海岸から広い空を見上げるとV字編隊で飛ぶ雁の群れ。飛型の美しさと仲間意識の強さを感じさせる。
『名島夕照』:
名島海岸から見える島陰に沈む夕日と朱く染まる海。これぞ絶景。
『香椎暮雪』:
夕方に訪れた香椎宮。積もった雪に身が清められる。
『横岳晩鐘』:
黒田藩主の菩提寺である崇福寺の鐘楼が夕日に染まり、何かを語り掛けているようだ。
『博多帰帆』:
夕暮れの博多港に船が戻ってくる。明るく響く汽笛。そうだあの船には愛しい人が乗っている。

 横浜人から九州人になられた知人はこれらを訪れ、その背景にある歴史や人の情を深く感じているおられるのだろう。

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