救われない親爺
枯葉を容赦なく吹き散らす師走の風はことさらに厳しく、折角のボーナスも頭髪並みに残り少なくなると、いやがうえにも寒さが身に沁みる。
人の世の厳しさ、空しさを感じつつ、紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞いて、またひとつ歳をとるのが世の常である。
ここに世俗の雑事をよそに超然と時の過ぎゆくままに揺れる隠者がいる。枯れ枝の先にぶら下がったままのミノムシである。
蓑は元来、茅や菅、藁などの茎葉を編んで作った雨具であるが、ミノガ類の幼虫のミノムシは、樹木の枝葉を自分の吐き出す糸でつなぎ合わせた蓑状の袋を耐寒性のマイホームにしている。
オスとメスは別々のミノに住み、用のある場合にのみオスがメスの部屋を訪問するという、古き夜這いの伝統を守る雅な精神の持ち主である。
ミノムシはオスだけが成虫の蛾に変身するが、メスは蛾にはならず一生ミノの中で生活し、産卵後一人で寂しく死んでしまうという、近頃の女房どもに聞かせてやりたいくらいの控えめな一生を送る。
蓑の外観はお世辞にもスマートとは言えないが、内側は丈夫で緻密なフェルト状の繊維で構成されている。ミノムシは真冬に身ぐるみ剥がされたとしても、「蓑ひとつだに無きぞ悲しき」と一言嘆いて凍死するかと思うと案外そうでは無い。体内にスクワレンという熱伝導率の低い天然不凍液を蓄えているからだ。
スクワレンは炭素分87%のトリテルペン炭化水素で燃焼熱が高く、河川を遡上する鮭は、皮膚の下に蓄えたこの防寒用オイルを、大きく口を開けて吸い込んだ空気で一気に燃焼させジェット燃料として用いている。これはまた鮫肝油にも多量に含まれ、深海で活躍するジョーズのエネルギー源にもなっているという。自然界は天然由来の物質を巧みに利用して力強く生きているのだ。
一方、エネルギーを燃やし尽した親爺は、寒中は家で毛布に包まるしか生きる術がない。まことにスクワレン話ではある。