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「800字文学館」

「ランラン」から「シャンシャン」へ

池田 隆

 一九七二年に頭脳明晰・性格明朗なМ君が私たちのタービン開発部に配属されてきた。欧米の先進メーカーに追いつき追い越せと皆が意気に燃えていた時代である。新たな研究実験棟をタービン工場の正門横に建て、自らの意欲を示すモットーを外壁に取り付けることとなった。部員に公募し、選ばれたのが彼の
 “CREATE OUR FUTURE”
である。
 新機種開発の成否は設計に用いる計算手法とデータに依存する。過酷な使用条件に晒されるタービン部品では強度計算の正確さがとくに重要となる。だが従来は複雑な形状の部品も単純な形状に模擬する計算法しかなく精度が悪かった。
 その頃幸いにも大型計算機が世に登場し、有限要素法という数値解析法が考案された。複雑な三次元形状を「レゴ」玩具のような組立てブロックで模擬する方法である。しかしプログラミングは大仕事で、片手間仕事では無理である。
 そこでМ君たち新入社員数人でチームを組み、専任でコード開発に当って貰った。そのコード名も彼らの提案で初来日したパンダに肖り、「ランラン」と名付けた。
「ランラン」は予定通り完成し実用化された。だが時を移さず電子計算機の驚異的な進歩に伴って数値解析法も高度化し、ソフト専門会社が高機能な汎用コードを市販する時勢になる。ユーザーが設計解析ソフトを自ら開発する時代は終った。
「ランラン」もいつしか忘れ去られるが、そこで培ったМ君たちの基礎的な技術力が大きく花を咲かせ、わが社をタービンのリーディング・カンパニーへと導いていく。
 しかし時は流れ、栄光の座も最近怪しくなった。先日のOB会で古巣の工場を訪ねた時も研究実験棟のモットーが私には、
 “CREATED OUR PAST”
と読め、淋しい気持ちに陥っていた。
 その時、たまたまМ君より彼に初孫が生まれ、愛称を「ホッシー」と名付けたと聞く。「星の王子」かな、宇宙飛行士にでもなって将来を創造して欲しいという彼の願いだろう。私も思わず「シャンシャン」と手を打ち、明るい気持ちに戻った。

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