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「800字文学館」

千手観音菩薩

内藤 真理子

 三月の始めに、本当に千本の手のある千手観音が東京国立博物館に来ていると聞いた。千本の手を持った千手観音は、現在、仁和寺と唐招提寺の像だけだそうだ。その上、唐招提寺のは、解体修理をした折、組み立て直したら、どうしても二本余ってしまったそうである。今回の展示は愈々持って有難い。
 この機を逃したら今生で拝することは出来ないかもしれない。そう思って早速行ってきた。
「仁和寺と御室派のみほとけ」と題され、色々な仏像と共に御室派の寺院にある千手観音が何体か展示されていた。
 順繰り巡った最後に、大阪にある葛井寺(ふじいでら)に安置されている千手観音が展示されていた。
〝えっ、仁和寺の千手観音ではないの〟
 最初に戻って「仁和寺と御室派のみほとけ」の説明をじっくり読んでみた。
「御室」というのは、仁和寺を建立した宇多法王の為に設けられた僧房のことだったが、鎌倉時代以降「御室」が仁和寺そのものを指すようになり、その後、仁和寺を総本山とする同じ考えを持つ真言宗の一派を「御室派」と言うようになったとある。
〝そうか、てっきり仁和寺の千手観音だと思ったが御室派の御ほとけなのだ〟
 もう一度順に見ていくと、何体かの千手観音はどれも、四十本の手で、千本を表わしている。一本が二十五本の手の意味を持っていると説明されていた。
 さてどん尻に控えしは! 葛井寺に安置されている千手観音! 蓮華に坐した観音様のまわりに放射状に千本の手が伸びている。千本もある上に太く長い手が他に四十一本もある。
 普段は厨子の中に安置されて御開帳の時も薄暗くてはっきりとは見えないそうだが、博物館の明るい照明のもとでは、見上げる程大きく、繊細な像だった。四十一本の手は、宝珠や経本、はたまた宮殿、髑髏、等々、何でこんなものを思いついたのかと思うようなものまで様々持っていた。
 千本の手には千の目が付いている。どんなに目立たない人のささやかな願いも聞き届けてくれそうだ。どんな悪事も???

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