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「800字文学館」

シンプルな生活へ

新田 由紀子

 この頃、生活のダウンサイジングにはまっている。世帯がシンプルになったので、必要にせまられてのことだ。
 手始めは収入と支出の洗い出しと見える化、次に固定費の見直し。電気アンペア変更、通信費格安化、ガス機器軽量化、保険補償額変更、電力会社乗り換えなどなど。はやりの断捨離―物への執着を絶って身軽な生活と心を取り戻す―に相通じるものがあって、結構爽快だ。
 長年の会社生活と同時に進行した家庭の営みを終えてみると、日常生活のシンプルな繰り返しに直面する。起きて、食べて、意の向くままに行動し、食べて、寝て、起きる。茫々とした野原に放り出されたような戸惑いを覚えたものだ。もうしばらくは他律的な時間枠にはまりたくて、アルバイトを入れた。ひと月を終えるとまっさらな新規口座にちんまりとアルバイト料が入る。一方の古い口座からは水が蒸発するように、数字が減っていく。まさに、ダウンサイジングを目の当たりにする。

 そうこうするうち、身内が次々に亡くなった。生まれ育った家庭で共に暮らした家族は相次いでこの世からいなくなった。今の家族を形成した相方もさっさと逝ってしまった。まだ先だと思っていた順番が、いよいよ回ってきたことに気付き、次のマイブームは終活になる。孤独死の後始末に奔走した苦い経験から、娘たちに向けてのエンディング・ノートを作り始めた。これに目を通しながら後片付けをしてくれる光景を思うと、少ししんみりする。
 毎日雨戸を開け閉て、門扉と玄関の鍵をかけてははずし、階段を登って降りて、洗濯物を干して取り込み、ゴミを捨て、庭草を取り、水をやる。家族の思い出と古く懐かしい物の詰まった築25年4LDKもかさばるようになった。これもダウンサイジングの時が来たのかもしれない。
 物への執着を絶ち切れば身も心も軽くなり、明快でシンプルに過ごせる、と断捨離はいう。それは来るべき昇天に備えてのこととなれば、もっともなことだろう。

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