「神代桜」
山門をくぐって境内に入ると、そこには目を見張る光景が展開していた。
お寺のしっとりと落ち着いた雰囲気とは異なり、色彩に満ち溢れている。手前には黄色や白の水仙でうめつくされた花畑が広がり、奥には桜の並木が雪を残した山々を背景に連なっている。空はあくまでも青く、極楽浄土もかくやと感嘆する。
ここは、山梨県の山高にある実相寺。桜の古木があるときいてやって来た。駅から少々離れており、車の無い者には不便なところだ。奮発してタクシーで乗り付けた。お参りもそこそこに、お目当ての「神代桜」に直行する。
あった。というよりも、その樹は「存在していた」、といった方が良いかも知れない。圧倒的な存在感である。
黒々とした、ひだを刻んだ幹は太く、五、六人が両手をつないでやっと抱えられるかと思えるほどである。樹齢はおよそ二千年と推定されており、日本で最も古い桜として、大正年間に日本で初めての天然記念物に指定された。
さすがにこの古木、何本もの柱で枝が支えられ、さらに柱から伸びた綱で吊り支えられている。あたかも、老人が杖を突いてかろうじて立っている風情である。少々痛ましくはあるが、長年風雪に耐えてきた風格はさすがである。樹木医が土を入れ替えるなど懸命の努力をし、地元の人たちが心を込めて世話をしているお蔭で生を長らえているのだと聞いた。
ところで、長寿を保っているこの桜は「江戸彼岸桜」という種で、一般には樹齢数百年といわれている。ちなみに、我々がよく目にする「染井吉野」はおよそ六、七十年くらいである。
寺の人に「神代桜」という名前の由来を尋ねると、神話に出てくる日本武尊が東征の折に立ち寄って植えたからとの返事が返ってきた。
毎年、桜の時期になるとカメラを担いで名所を巡る。その中で印象に残っている一つが、この「神代桜」である。
さて、次にと狙っているのは、日本で二番目に古いとされている岐阜県の「薄墨桜」だ。来年には実現したい。