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「800字文学館」

桜の寿命に思う

藤原 道夫

 桜には多くの品種があり、それぞれ寿命も異なる。染井吉野の寿命は6,70年といわれており、桜の名所でそろそろ寿命が来る樹が多いのでは、と危惧されている。一方、長寿の樹もある。弘前公園で樹齢130年余の染井吉野を見た。幹が太くずんぐりした樹に花がびっしり咲き、小枝が揺れる度に太い枝の切り口が見える。ここでは樹齢100年以上の樹が珍しくない。これは林檎栽培で培った剪定と根の手当法が生かされているためとか。樹の寿命は手入れの仕方にも依存している。

 エドヒガンは寿命が長い。日本最古とされる神代桜(山梨県北杜市)はこの品種で、推定樹齢1,800年、幹はまるで巌のよう。枝の張り具合がこじんまりしている。根尾谷の淡墨桜(岐阜県本巣市)は樹齢1,200年、手厚く保護されている様子だ。同じ樹齢の久保桜(山形県長井市)は、幹の半分が樹脂で固められ、多くの支柱に支えられた枝にやや濃い薄紅色の花が咲く。20年前に撮られた写真に比して花付きが貧弱になってきた。

 エドヒガンの変異種であるベニシダレも寿命が長い。推定樹齢千年の滝桜(福島県三春町)は未だ樹勢があって枝振りもよく、満開の時には壮麗な姿となる。ちなみに、都内で有名な六義園のベニシダレは樹齢100年に満たない。100、200年後にも見事な花を咲かせることを期待したい。

 八重桜の中には、寿命の短い品種がある。新宿御苑に以前は華麗な花を咲かせていた松月が数本あった。それらはここ数年間で全滅した。枯れかかった幹から一本の枝が伸び、そこに多くの花を付けた樹が印象に残る。飽かず眺めたものだ。それも6年前に枯れ、傍に植えられた同品種の若木が花を咲かせるまでに育ってきた。この間楊貴妃や天の川も消えた。

 さくら保存林(東京都八王子市)に5,6本あった市原の虎の尾は、5年前の台風で壊滅的な被害を被った。これも寿命が尽きたといってよいだろう。

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」とはいえ、桜も生き物、老化は宿命である。

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