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「800字文学館」

古遠部(ふるとうべ)温泉

大月 和彦

 1月中旬、ぶらり旅が好きな友人と雪を見に津軽路に入った。新青森駅から特急で一時間南下すると津軽平野の南端、県境の町碇ヶ関に着く。

 駅前の関所資料館をのぞく。復元した関所にマネキンの役人が通行人を尋問している。碇ヶ関は羽州街道の関所だった。隣接する藩と緊張関係にあった津軽藩のこの関所は、機密保持や飢饉で逃散する農民を監視するため箱根の関以上に厳しかったという。天明の大飢饉のころ秋田へ行こうとした旅行家菅江真澄もここで足止めされた。
 駅前のレストランで特産の自然薯を使ったギョウザをつまみながら地酒を飲む。昼の酒が効きふらふらの状態で普通列車に乗り、一つ目の無人駅津軽湯ノ沢で降りる。宿の車で山間の雪道を15分、古遠部温泉に着く。
 昭和45年、近くの小坂鉱山が鉱脈を探査している時に発見したという山峡の温泉。岩木川の源流平川、その支流遠部川の渓谷にへばりつくように建つ山小屋のような一軒宿。道路に面した入り口が3階に当たり、2階と1階に客室と浴室がある。
 自噴する温泉は湯量が多く、浴室から流れ出て赤茶色の池になっている。
 泉質は弱酸性でリウマチ、関節痛、皮膚病などに効く療養向きの温泉と謳っている。休日には近くの村からの日帰り客が多いという。
 玄関脇の犬小屋に怖い顔の犬が雪に埋もれていた。夜にイノシシやクマが出没するので番犬として飼っているという。
 急な階段を下りたところにある浴室は黒ずんでいて暗い。天井からぶら下がる裸電球がぼんやり見える。ヒトの顔は分からないくらい。
 浴槽からあふれ出た湯は、打ち放しのコンクリートの洗い場に深さ2,3㎝ぐらいで流れている。寝そべって浸るのがここの入浴法だという。野性味たっぷり。昔の湯治場はこうだったのだろう。
 夕食はウドの煮つけ、天然のマイタケ、イワナの塩焼きのほか山宿では珍しくマダラのコンブ〆が予想外の内容だった。

 ケ―タイと地上波TVは圏外。夜は猛烈な吹雪となり、明け方は零下13℃になったという。津軽の冬と温泉を楽しんだ。

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