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「800字文学館」

旅のスケッチ展

川口 ひろ子

「旅のスケッチ展」を鑑賞した。
 海外旅行愛好者たちが名所巡りだけではなく一つの街に滞在し、魅力ある風景や街並みを即興で描いて残そうという趣味の会の発表会だ。友人M子は会員で、欧米や東欧などにこまめに出かけて毎年出品している。専業主婦の彼女から初めて案内のはがきが届いた時は驚いたが、以来10年余、序々に腕を上げ近頃は旅の高揚感が伝わってくる傑作を次々と打ち出している。

 60点ほどの出品作を拝見する。今年は大分様子が変わっていて、海外作品はごく僅かで大部分が国内写生旅行や浜離宮など近郊の名所巡りの絵だ。高齢化で海外は体力気力共に無理という結果であろう。もう一つの変化は本格的な水彩画が多いことだ。絵画教室で腕を磨いた人たちがどっと参加してきたのかもしれない。旅先で早書きした絵とデッサンを基に構図や色のバランス等を整理して再構成した絵は同じものではない。残念ながら見劣りする即興の旅のスケッチ画を眺めて「難しいわねー」とM子は浮かぬ顔だ。
「随分と傾向が変わりましたね」と代表のY先生に話しかけると、「え!気が付きましたか?」と身を乗り出してくる。その後は、来訪客の存在をものともせず「困ったもの」と感情をむき出しにして延々とぼやく。「旅の感動を短時間で描く」という、設立の趣旨とは違う方向に進んで行く現実をくい止められない歯がゆさを訴えたいのだろう。「こののぼせ様は私にそっくりだ」と思った。

「貴重なご意見を有り難うございました」Y先生の興奮気味の大きな声に見送られて会場を後にした。
「来年も来ますからね。でもヒスは禁物よ。時代の流れでどうしようもない時もあるの。様子を見て方向転換するか、発展解散して再出発するか、そんなに思いつめないで成り行きに任せて、気楽に行きましょうよ」と心で呟いた。でもこれは、かつてクラシック音楽同好会の会員であった頃、同じような問題で唯々思い悩んだ私自身への助言のようにも思えた。

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