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「800字文学館」

初夏の玉川上水散策

藤原 道夫

 JR三鷹駅の北口階段を降り、右手方向に進むと引っ込んだ所に数本の高い木々が茂っている一角が見えてくる。近づくと真ん中に高さ1m、巾2mほどの石碑が立つ。「山林に自由あり 実篤筆」と刻まれている。この狭い所に小楢や欅の茂る武蔵野の面影が残っているのだろうか。この辺りで玉川上水は暗渠となり、三鷹駅の下を潜って東南東へと流れる。
 引き返して駅の南口階段を降りると、ロータリー左手奥に緑の茂みが見える。ここから玉川上水が姿を顕す。流れに沿う御殿山通の対岸は、遊歩道「風の散歩道」が整備され、休日にはそぞろ歩きを楽しむ人たちによく出会う。木立の間から下を覗くと、結構深い底に水が思ったより速く流れている。しばらくすると太宰治が入水したとされる辺りに達する。昔はもっと水量が多かったのだろう。

 5月初め頃エゴノキの小さな白い花が目に付く。5,6mほどの木にびっしり花を咲かせているのもあるし、花が疎らなのもある。微かに芳香が漂う。花はそのまま落ちて下が白い絨毯のようになる。下草にドクダミが多い。5月も中頃になるとヤマボウシの白い苞片が目立ってくる。先が尖った4枚の苞が清々しい。箱根の渓谷では山の木が白い帽子を被っているように見えると聞いた。

 しばらく行くと吉祥寺通りと交叉する萬助橋に達する。ここから景観ががらりと変わる。上水が井の頭公園の緑深い林の中を緩くカーブしながら南南東へ向かう。両側の柵沿いに小道が通り、朽ちた落ち葉を踏みながら歩く。あちこちで小鳥の鳴き声が響く。ほたる橋の名が残っていることから、蛍が飛び交っていた時もあったのだろう。途中に取水口跡がある。生活用水や農業用水として活用されていた様子が伺える。この用水路は350年程前に完成されたとか、江戸のしっかりした街づくりがこの辺にまで及んでいた。

 公園を抜けると住宅街となり井の頭橋に、三鷹駅からここまで一時間余の散策。初夏は緑が美しく、水路沿いが最も輝く時だ。

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