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「800字文学館」

メダカの運命

首藤 静夫

 夏の風物詩メダカを飼っている。今年も5月初めに子メダカが生まれた。孵化させるのは簡単だ。初めに親メダカの雌が胡麻粒くらいの卵を水槽の水草に産みつける。これに雄が放精する。そのままだと卵ばかりか生まれた稚魚も親に食われる。そこで受精卵を別の容器に移し替えて孵化を待つ。
 産卵から10日ほどで稚魚が生まれる。2ミリと小さく色も薄いので、空気中の塵が混じった水面から探し出すのは大変だ。最初に見つけた1匹、2匹はとても貴重に思え、日に幾度も眺める。
 親メダカが赤(楊貴妃種)、黒、青と合計30匹ほどいるので、第1号が生まれて2週間もたつと稚魚は50~60匹に。匹数を数えるのがルーズになる。

 ある日、発泡スチロールの箱の中の稚魚を眺めていたら、孵化して間もないのが3匹いた。水草から水面に泳ぎ出たらしく、泳ぐというより漂っている感じだ。と、その中の1匹がふらつき始めた。すぐ正常に戻ったが今度は別の1匹が同じ状態に――。3匹ともこれを繰り返しながら箱の縁近くに浮かんでいる。その後1匹は、箱にくっついたまま動かなくなった。死んだのだ。箱の縁に糸屑のような黒いものが幾つも付着している。いずれもこれ以前の死骸のようだ。

 生と死は際どいと思った。生まれたての稚魚は生とか死という言葉で呼べるほど明確なものではないと思った。死に向かったり生き返ったりを繰り返す、生と死の中間の存在に思えた。そして、何となくこちらは死に、あちらは生きる。生きていてもその先は分からない。我が家のメダカはひと夏に5百匹ほど孵化するが、秋まで生き延びて成魚になるのはその中の1割ほどだ。天の計らいか偶然か、死ぬまでの間を生かされているとの思いがした。
 最近、当会の「何でも読もう会」で、『方丈記』や『徒然草』を読んでいる。そのせいか、無常観がこびりついたようだ。元来、抹香臭いものは苦手なのに最近調子が狂っている。親メダカの涼し気な姿を見てさっぱりしよう。

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