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「800字文学館」

クーポン券を増やせ

野瀬 隆平

 若い共稼ぎのカップルが多く住んでいるワシントンのある町のことです。 忙しいながらも充実した生活を送っています。たまには夫婦二人きりでレストランや劇場に行きたい。しかし、幼い子供だけを残して外出できないのが悩みの種でした。ベビーシッターを頼めばお金もかかるし、良いベビーシッターも簡単には見つからない。
 そこで彼らが考えついたのは、同じ悩みを持つカップルがお互いに助け合うことでした。仲間同士でベビーシッターを頼んだり、引き受けたりすることです。およそ150組のカップルで組合を作り、一枚で30分間のベビーシッターを受けられるクーポンを発行して、カップルに20枚ずつ配布したのです。
 頼んだ人は引き受けてくれた組合員に、時間に応じてこのクーポンを渡すのです。この方法は有効に機能し始めました。
 ところが、しばらくしてベビーシッターを引き受けたい人と頼みたい人のバランスが取れなくなってきました。引き受けたい人は大勢いるのに、その割には頼む人がいないのです。普段は少し我慢してでも、パーティーなど大切な時のためにクーポンを貯めておこうと皆が考えたのです。
 この問題をどう解決するか。ベビーシッターを頼む回数を増やすために、例えば最低月二回は外出するように義務づけることも試してみました。しかし、うまく行きませんでした。個人の自由を無視して無理やり外出せよと言うのは土台無理な話です。
 そこで、各カップルに配るクーポンの数を20枚から30枚に増やしたのです。効果はてきめんでした。頼む人の数が増えて、引き受けたい人とのバランスが取れるようになったのです。
 ただ同然の紙切れを増やしただけで、需要と供給がバランスしたのです。ここで重要なことは、ベビーシッターをするという実質的な活動が、前に比べて増加したということです。

 これは、1970年代に実際にあった話です。組合員だった経済学者が、貨幣経済を考える上で良い事例になるとして発表したものです。

参考文献
Richard Sweeney “Monetary Theory and the Great Capitol Hill Baby Sitter Co-op Crisis”

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