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「800字文学館」

日生劇場の「魔笛」

川口 ひろ子

 日生劇場が日比谷に誕生して55年、これを記念してモーツァルトのオペラ5作品が上演される。先ずは「魔笛」。奇想天外、謎も多いオペラであるが、子供に夢を大人に感動を与える大傑作だ。6月17日の公演を鑑賞した。

 演出は女流のS子さん。気鋭の新人に斬新な舞台を期待したが外れた。
 黒の直線と曲線で構成された抽象的な舞台は全体に暗くて寂しい。時代設定は近現代、青年タミーノの出世物語として語られていた。彼の理想は、グレーの制服を纏った集団組織の一員となることだ。多くの学科試験や胆力も試される性格試験にも合格、晴れて入団を許され立派な社会人となる。更に可愛い恋人も現れて幸せ一杯。強さと、美と、叡智を称える合唱で目出度く幕となる。
 勝ち組を目指して必死の昨今の就活青年の姿を連想させる演出は何か切ない。内向きで貧弱な発想が好きになれなかった。

 オーディションを勝ち抜いてきた新人歌手たちは、歌唱力はこれからの感はあるが皆さん意欲満々でモーツァルトに体当たりしている点に好感が持てた。その中で、歌唱力、演技力共に抜群だったのは夜の女王を歌った角田祐子さんだ。現在ドイツや欧米各地で活躍中のソプラノで、有名な2つのアリア「ああ、恐れなくても……」「地獄の復讐が……」を、超絶技巧を駆使して見事に歌いきっていた。夜の女王の出来次第でこのオペラの評価が決まると言われるが、今回は大成功だ。迫力満点、摩訶不思議、強烈な歌声が日生劇場の客席空間に満ち溢れ、妖しいオーラは私たちを酔わせる。
 指揮の沼尻竜典さんはここ日生で度々モーツァルトを上演している。従来の小編成のオーケストラに対して今回は大編成の新日本フィルハーモニーだ。沼尻さんはこの大所帯を自在に仕切る。重厚で且つ軽快、おかしみもある変幻自在の演奏で歌手を歌わせていた。
 エネルギッシュなオーケストラ演奏は演出のチマチマ感を払拭させ、音楽面で大変収穫の多い記念公演であった。

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