演説の達人・チャーチル
映画「ウインストン・チャーチル」の話は一九四〇年五月、「政界一の嫌われ者」と言われていた彼が、国王ジョージ六世に任命され首相に就任してからの二十日間余の出来事である。
時は第二次世界大戦の初期。ナチスドイツの勢力が拡大し、フランスは陥落寸前、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。
「ナチスの途方もない暴政に対して我々の目的は勝利だ!」就任演説で力強く宣言するも、嫌われ者ゆえ与党からも野党からも賛同が得られない。
この映画で一番印象に残ったのは、演説の迫力である。入念に準備をして発せられる言葉は、わかりやすく説得力があり、反対する者に脅威を感じさせる。
圧倒的に優勢なナチス・ドイツ軍を前に、英国軍はドーバー海峡に於いてフランス、ダンケルクの海岸にまで追い詰められ、孤立状態となり、兵士三十万人は救出するすべもない。
彼はラジオに向かって国民に語りかける。
「被害は少ない、英国は勝利を手にするまで戦い続ける。どんな犠牲や痛みを伴っても我々は勝たねばならぬ。そして必ず勝つ」
追いつめられたチャーチルはカレーにいる守備隊四千人の兵を囮にしてナチス軍を引き付けている間に、孤立状態の兵士三十万人を救出する作戦を立てる。
どんな小型船でもフランスまでたどり着ける民間の船を招集してダンケルクに向かわせ三十万の兵士を救おうというのだ。
作戦には名前が必要だと考えた彼は、
「この戦いはダイナモ作戦だ!」。力強く発した。
士気は一気に上がり、兵士救出に成功。
だが四千人を犠牲にしてもなお戦況は悪化の一途。犠牲を回避するために和平を望む野党。苦悩するチャーチル。そして国会議事堂での演説。
「ナチスに屈したら鉤十字の旗がバッキンガム宮殿やウインザー城にはためくのだぞ! 大英博物館にも、そしてこの国会議事堂にも!」
向かい合った深い谷間のような議事堂を埋め尽くす議員の面々が固唾を呑んで決めかねていた気持ちを一気に掌握した瞬間だった。圧倒的な迫力だった。