「鶴齢」と『北越雪譜』
傘寿のお祝いにとお酒が届いた。「鶴齢」という純米大吟醸酒だ。好みに合った冷酒で、選んだ人の心温かさを感じる。
越後は塩沢の産。四合瓶が立派な桐の箱に納められている。箱を巻いている紙を破るのも惜しく眺めてみると、毛筆体で大きく「鶴齢」と書かれている。さらに目を凝らすと、『北越雪譜』と小さな字で書かれているのが目に留まった。
そうだ。これは昨年、ある読書会で読んだ鈴木牧之の本の題名だ。雪深い越後の風俗や習慣などを広く伝えることとなった江戸末期の書である。江戸の人たちは雪見などと楽しんでいるが、暮らしている人がいかに苦労しているかが克明に描かれている。
更に細かい字で、本の一部が引用されている。初編巻之一、○雪蟄(ゆきこもり)の書き出しの所だ、
「凡雪九月末より降りはじめて雪中に春を迎え、正二の月は雪尚深し。……」
このお酒と『北越雪譜』とは、どのような因縁があるのだろうか。鶴齢の蔵元は塩沢にあり、牧之も同じ郷の人だ。牧之はこの本の中で、ここが雪深い所であることを強調している。周りの山々の雪解け水が長い年月を経て、蔵元の井戸から湧き出す。その名水を使って造った酒である、と誇らしげに説明書で謳っている。更に、鶴齢の命名は、牧之によってなされたという。ちなみに、同じ蔵元の吟醸酒に、「牧之」というのもあるようだ。
それにしても、「鶴齢」とは良き名ではないか。長寿の象徴である「鶴」と「齢」(よわい)で、正に傘寿の祝いに相応しい。JALのビジネスクラスでも供されているという。鶴の翼を図案化した航空会社のマークから考えてピタリだ。米は「山田錦」、それも兵庫県東条の産だと強調している。この地方の米が酒米として特に良いとは。初めて知ったことである。
口に含むと、華やかな果実の香りがして、飲みやすいが味はかなり濃厚である。
呑み進めるうちに、この美酒を贈ってくれた人と、『北越雪譜』を読んだ仲間の顔が想い浮かんできた。