作品の閲覧

「800字文学館」

背筋がゾクッ‼

三春

 夏はキライだ。暑いし怠いし動きたくない。食欲もないけれど、何か食べなきゃ身体がもたないから、「簡単な料理にしよう」とキッチンに向かう。

 スイ~ッとどこからかコバエが現れて「簡単な料理だって? 手抜きは困るなぁ、おいらの好物は生ゴミだぜ。生ゴミたっぷり出しとくれよぉ」と飛び回る。我家のキッチンは西南向き、夏のゴミ箱はコバエの揺りかごだ。

 生ゴミ収集は週二回、水曜と土曜の早朝と決まっている。大型マンションと違って、前夜のうちに出そうものなら近所の小母様が袋を開けて中身を検査、犯人を探り出して突き返しに来る。せっかくの休日をゴミごときのために早起きしたくないので、我家では季節に関係なく水曜のみ。夏のゴミ箱はコバエの桃源郷だ。

 昔はスプレー式の殺虫剤をゴミ箱内に噴霧していたが、効果が一時的なうえにペットや食品への害も気になるのでボツ。次がゴミ箱の内側に取り付ける「消臭力」や「コバエコナーズ」だ。蓋の隙間から脱け出す逃亡者をも殺傷するために、「コバエがホイホイ」や「コバエがポットン」と併用した。香りで引き寄せて罠にかける騙し討ちタイプだ。数年前はひと夏で二十匹ほどを騙しおおせたが、敵も学習したとみえて、近頃は罠の縁を歩くだけでお誘いに乗る気配もなく、私を振り返ってニヤリとする始末。

 そこで今年は正攻法でいくことにした。思い切り古典的な「吊るすだけ」(蠅取り紙)を買った。アマゾンの口コミで星四つ半という高評価に惹かれたからだが、一方では、科学の粋を集めた(?)仕掛けの半値以下なのに本当に効くのかと半信半疑だった。ゴム系粘着剤を塗っただけの幅広リボンはさすがに見苦しいので、目立たない場所に吊るしてみた。すると……、吸い寄せられるようにコバエが貼り付きだし、吊るして二時間で五匹、二日目で十六匹。日を追うにつれて、胡麻粒をばらまいたように獲物が増えていく。見る度に背筋がゾクッとするくせに、見ないではいられない。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧