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「800字文学館」

マニアックな印刷局滝野川工場見学記

志村 良知

 正門前で来意を告げると守衛さんが大きな声で事務所に向かって「かいもーん」と叫び、頑丈な鉄製門扉が重々しく開く。
 見学のきっかけは、私が印刷局OBの会員におねだりしたことで、印刷局との交渉事までして頂き、19名参加の見学会になった。

 実は私は印刷には詳しい。会社が事務用オフセット印刷事業をやっていた頃、約10年間印刷版の開発と大量コピーとしての印刷プロセス研究に従事した経験がある。

 最初に紙幣の命ともいえる肖像画の原版彫刻の名人芸を見学し、印刷工場へ。
 威風堂々と動いているのは、地紋用のオフセット印刷部と肖像用の凹版印刷部が組み合わさり、横4×縦5の計20面大の透かし入り用紙に紙幣を印刷する紙幣専用印刷機である。
 地紋のオフセット印刷画像を三原色網点印刷ではなく、複数の特別色のインキで印刷するのは非常に特殊であるが、プロセスそのものは熟成されたオフセット印刷技術だった。
 超高粘度のインキを盛る凹版印刷部は紙幣印刷だけで行われているもので、ここにこそ興味があったが、紫外線硬化装置と共に囲われていてインキ壺部しか見えず、もどかしかった。
 印刷機の特殊性と製品の性格上、機械の故障は絶対的に避けたいであろうから保守は予防保全だと思い質問したところ、その通りとのことであった。見学時、仲間から工場がきれいだという感想がしきりだったが、予防保全の基本は、機械を所定の管理状態に保つことで、整理整頓清掃はその基本中の基本で、きれいなのは当然である。
 凹版の紫外線硬化インキは、数日しないと完全には固まらないという話は興味があった。顔料インキを紫外線で固めるのは困難であるし、工程終了時に所定の性能が出ないのは品質管理が難しい。一発で固められる電子線硬化の可能性を質問したところ、電子線は基紙の繊維を痛めて紙の強度を落とすので、耐久性が要る紙幣の印刷としては不適当との回答で、なるほど紙幣印刷とはどこまでも特殊なのだと感心した。

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