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「800字文学館」

ハイボール

大森 海太

 学生時代や会社でペーペーのころ、トリスバーなどでよく飲んだのは、一杯八十円くらいのハイボール、安物のウイスキーをごまかすため炭酸で割ったのだと言われていた。その後世の中はS社の宣伝もあって水割り全盛時代となり、寿司屋にウイスキーのボトルをキープする人が現れたりしたものである。私も仕事の関係で時には銀座のバーに行くようになったが、猫も杓子も水割りまた水割り、あまのじゃくでハイボールを頼んでみたら、ママから「なにそれ?」とバカにしたような顔をされた。

 時代は変わって今度は焼酎がハバを利かすようになり、飲み屋では「お飲み物は?」「焼酎!」「芋ですか麦ですか?」「芋!」というようなヤリトリが頻繁に見られるようになった。そのうえまたカンチュウハイなどという軟弱なものまで売り出される勢いで、ウイスキーの影が薄くなったところで、かくてはならじと巻き返しに出たのが、S社のハイボールキャンペーンである。得意の宣伝をフルに動員して、いったんは死語になりかけていたハイボールを復活させ、たちまちに売り上げ倍増、さらには缶入りのハイボールなども登場したので試しに飲んでみたが、アルコール濃度が低いのか、清涼飲料水みたいで物足りなく感じた。

 ハイボールの語源は諸説あるが、いづれも確たるものではないようである。イギリスのテレビドラマに登場する男たちは、昼間から当たり前のようにウイスキーをストレートで飲んでおり、水割りやハイボールはあまり見かけない。本場スコットランドでは氷は酒を殺すといって用いられないが、それでもハーフ&ハーフといって水や炭酸で割ることはごく当たり前だそうである。

 かく言う私は、多年ウイスキーは濃い目のハイボールを飲んできたが、最近スコットランド風に氷を入れず酒と炭酸を半々で飲ってみた。いやあ、モルトの香りが花開いたようで、コレは旨い! 飲酒歴はゆうに半世紀を超えるが、久しぶりに新たな発見に出合った。

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