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「800字文学館」

小指が痛い

三 春

「♪貴方が噛んだ小指が痛い」と、伊東ゆかりが歌う『小指の想い出』が大ヒットしたのは1967年のこと。当時十代の初心な私にはその歌詞に込められた意味をぼんやりとしか理解できなかったが、危なげな匂いを嗅ぎ取ってはいた。

 さて、噛まれたわけでもないのに近ごろ毎朝のように小指の第二関節が痛む。そして同じく右の掌に小さなしこりが現れた。病院に行くほどのことではなかろうと放置していたが、もし膠原病やリウマチだとすれば、悪化したときには肺や心臓などにも異常をきたすと脅され、早めに診てもらうことにした。

 バスで向かったのは、羽田空港に近い東京労災病院。空を見上げれば飛行機の姿がひときわ大きく見える。「ものづくりのまち」で知られる大田区には町工場が多くて労災事故も多発するためか、整形外科医の腕がいいとの噂もある。だが待合室にひしめく患者たちは労災事故とは明らかに無縁の高齢者ばかりだ。初診だから待たされるのは覚悟の上だが、整形外科医5名体制であたっているのに3~4時間待ちという繁盛ぶり、私の名が呼ばれたのは午後1時過ぎだった。
 診察の結果は膠原病でもリウマチでもなく、掌のしこりは「デュピュイトラン拘縮」、関節痛は「ブシャール結節」という耳慣れない病名を告げられた。重症なら手術を要するが今は軽度だからしばらく様子見でいいでしょう、詳細はインターネットで調べなさい、とのこと。

 グーグル検索によれば、Dupuytrens拘縮とは、掌から指にかけてしこりができ、進行に伴って皮膚がひきつれて徐々に指が伸ばしにくくなる病気だ。もうひとつのBouchard結節のほうは変形性関節症の一種で、指の痛みや変形→腫れ→赤みの発生→骨の変形へと進んでいくらしい。因みにBouchardは第二関節のみで、第一関節の場合にはHeberden結節と呼ばれる(研究者の意地と名誉?)。デュピュもブシャも原因不明だが、おそらく加齢による経年劣化だろう。昔なら「ただのコブ」で片付けられたに違いない。

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