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「800字文学館」

すみだ北斎美術館

川口 ひろ子

 2年前にオープンしたすみだ北斎美術館は大江戸線両国駅下車南に10分ほどの場所に建つ。
 まるで折り紙のよう、女流建築家妹島和代設計によるシルバーグレーの超前衛的なデザインは、ちゃんこ料理店や下町らしい商店が建ち並ぶこの界隈に馴染んでいるか否かは疑問だ。
 平日にもかかわらず若い人たちで賑わう館内、4階の常設展を見学する。展示室は足元も覚束ないほど暗くいささか物々しい。チケット売り場で作品はすべてレプリカだと告げられたが、ならばあのように照明を落とす必要があるのだろうか?
 江戸後期の浮世絵師葛飾北斎の画業について年齢を追って並べた展示は、習作の時代、宗理様式、読み本の挿絵、絵手本、錦絵、そして晩年の肉筆画の時代、と分類されていた。激動の世を旺盛な創作意欲を引っ提げて駆け抜けていった自称「画狂人」、その生涯を表現様式の進化を通して解りやすく語っている。西洋の遠近法の採用など時代を先取りしようと必死な様子も想像出来て、彼の貪欲さに圧倒される。
 4畳半ほどのアトリエの再現も興味深かった。炬燵から上半身を乗り出して無心に筆を持つ老北斎、傍らで娘のお栄が片膝立てて不機嫌この上ない顔で父親の手元を見つめている。等身大の人形がリアルで不気味だった。

 国内ではサブカルチャーとして評価の低かった北斎の浮世絵であるが、「神奈川沖浪裏」や「北斎漫画」はヨーロッパに渡り、画家ゴッホやモネ、音楽家ドビュッシーの他多くの芸術家に多大な影響を与えたという。20世紀末、アメリカのライフ誌が行った「この1000年で最も重要な業績を残した世界の100人」に北斎は日本人でただ1人選ばれている。

 北斎ゆかりの地に建てられた江戸情緒の全くない「とんでる」建物を私は好きになれない。しかしソフト面での期待は大きい。広く海外に視点を移し未来志向の斬新な企画を打ち出して、時代を超えて弾けて行った北斎の業績を称えるユニークな美術館になってほしいと思った。

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