作品の閲覧

「800字文学館」

湯河原旅行

内藤 真理子

 気温の定まらない夏が終わり、老女五人、
「疲れたわね、温泉にでも行かない?」
「いいわね、湯河原はどうかしら」
「あら、いいじゃない」
 とんとん拍子に話は決まり、ドライブ旅行と相成った。老女というのは、誰かが発案すると、何でもそれに決まってしまう。
 ドライブのコースも立ち寄るところも、宿も食事も……。あまり動かずに楽しめる所。何事につけ、量より質、値段はそこそこで、が基準である。
 湯河原では、あらかじめ決めて置いた「人間国宝美術館」に向かう。
 そこは、三階建ての間口の狭い普通のビルだった。三階から見ていくと、どこに何があったのかは忘れたが、ルオーの細長い三角形の顔の人物画、伊東深水や、鏑木清方の美人画、横山大観の新緑の絵もあった。それに棟方志功に平山郁夫と盛りだくさん。平田郷陽の繊細な人形もあったし、魯山人の椿の鉢も……。全部が本物だそうだ。一郭には、湯河原に住んでいる細川護熙氏作の壺や、茶碗、書の展示コーナーもあった。その本物の美術品を見ながら、
「舛添さんの別荘はまだ湯河原にあるんですってね」などと、下世話な話も飛び出す「美術品もたくさん買ったのでしょうから、展示して下さるといいのにね」と、ちょっと意地も悪い。
 一階の土産物コーナーに行くと、陳列ケースに抹茶茶碗が並んでいて、どれも百万から二百万円の値札が付いている。そこに美術館の人が来て、
「入館料の中に、お抹茶とお菓子がついて居りますので、お好きな茶器をお選びください」
「えっ、こんなに高価なお茶碗でいただけるの?」
 私たちはがぜん張り切り、
「私はこの黄金のが良いわ」
「一番お高いのにする」
「細川護熙さんが作ったもので」と、みんな真剣に選んだ。
 ちなみに私は、萩焼の一番大ぶりのものに決めた。だがお抹茶の量はどれも同じ。茶碗が良かったのか、お点前が良かったのか、とても美味しかった。
 本物ばかりの、狭くて、ゆる~い美術館は、老女五人の良い旅の象徴だった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧