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「800字文学館」

将来、なりたいもの

野瀬 隆平

「将来、何になりたい」と男の子に尋ねると、スポーツの選手とかお医者さんなどの答えが返ってくるのが一般的だろう。事実、ある統計によると、小学生男子の場合、一位がサッカー選手、二位が野球選手、三位が医者だという。しかし、この男の子の返事は、予想もしていないものだった。

 先日、いつもの床屋に出かけた。安くて人気のあるチェーン店なので、順番をとるのに並ばなければならない。予約受付開始の30分以上も前に来たのに、既に一人いる。しばらくして、小学生と思われる男の子がやってきて私の後ろに並んだ。眼鏡をかけていて、いかにも利発そうな子である。早速、カバンから本を取り出して読み始めた。ちらりと覗くと、小さな文字がびっしりと並んでいて、難しそうな本だ。邪魔をしてはいけないとは思ったが、時間をも持て余していたので声をかけた。
「僕、何年生」
「小学五年です」
と会話が進み、将来何になりたいか聞いてみた。その答えが意外なものだった。
「文科省の役人になりたい」というのだ。

 最近の高校生や大学生に同じ質問をすると、生活の安定を求めて、「公務員」と答える人が多いという。しかし、まだ小学生の子供が、単に公務員というだけならまだしも、「文部科学省」と役所を特定するのだから驚く。自分が子供の頃にこれほど限定された目標は持っていなかった。
「国家公務員になるには、難しい試験があるから、すごく勉強しないといけないよ」
というと、筑波大の付属中学に入るつもりで一生懸命勉強しているとの返事が返って来た。

 何故この省なのか。親に感化されたのか、あるいは自分が現在受けている教育に何か問題を感じているからなのか。まさか、近ごろ報じられているように、料亭や高級クラブで接待を受けることを期待している訳では勿論ないであろうが。
 更に尋ねるのは少し立ち入りすぎかと、ためらっているうちに、受付開始の時間が来てしまい、残念ながら理由を聞き漏らしてしまった。

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