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「800字文学館」

住職がやってくる

大月 和彦

 この夏、先祖代々の墓がある菩提寺を参拝した。奥信濃にある曹洞宗のこの寺は天正年間(16世紀後半)の創建といわれ、本堂、庫裏、山門、鐘楼などのある田舎にしては大きな寺だ。
 ずっと、村人の信仰ばかりでなく生活の中心として信望を集めてきた。江戸時代の寺領は10石7斗8升8合との記録がある。
 高齢化と過疎化が進むこの地域では檀徒は減り続け、寺のある集落を中心に約150戸になっている。

 20年前この寺の23世住職が他界した。後継ぎがなく、一時期兼務した隣の集落の寺の住職もまもなく病死する。前住職の家族が寺を引き払ったので、無住の寺になってしまった。

 以来、隣村にある曹洞宗の寺格が高い寺(親寺)の住職がかけ持ち、葬式や法事など寺の最小限の活動を行ってきた。
 村人は熱心な信徒とはいえないものの、葬式・法事のほか大般若、施食会、法話、盆の行事、除夜の鐘つきなどを通じてお寺さんとつながりが意外に大きかった。住職の不在が長く続き不自由な思いをしていた。

 雪深いこの地で人が住まない寺を維持管理するのは大変だった。地元の檀徒は護持会をつくり、雪囲いと取外し、境内の除雪、掃除や雑草取り、落ち葉の処理などの作業を行ってきた。この奉仕活動の先頭に立っていた護持会顧問のMさんがこの冬、除雪作業中に自宅屋根から転落死したという。

 檀徒会は一日も早く後任をと、親寺を通じて曹洞宗本山に働きかけてきた。3年前に招聘活動が実って後任の住職が決まった。親寺の次男で都内の仏教系の大学院を卒業し、県内の禅寺で修行中の33歳の青年という。

 住職を迎えるため、護持会は老朽化した建物のうち居住部の庫裏を全面的に改築することとし寄付金を集めている。今のところ順調に集まっているという。もう一つ課題が残っている。寺の収入だけでは生活ができないので安定した仕事に就いてもらうことだが、まだ目途が立っていないらしい。

 晋山式を済ませた新住職の引導で旅立つことができるだろか。

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