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「800字文学館」

家庭内水素爆発

志村 良知

「何か臭わない?」
 9月1日、防災セットの点検をしようと袋を出してみたとたんオクさんが言う。確かに甘ったるい中に金属臭が混じった異様な臭いが漂う。
 嫌な予感の中、内容物を取り出していく。上の方には手袋や毛糸帽などが入っている。覚えてないがこの防災セットは冬作ったものらしい。それらを取り出してだんだん下に行くに連れて臭いがきつくなる。
「わっ、これだ」
 桃の缶詰が二個、膨らんでどこかが破れてシロップにまみれ、そのシロップが缶とその周辺および下側にまんべんなく滲み渡っている。幸い、多くの小物は個別に密閉袋に入れてあったので中身の被害は小さいが、それでも大惨事である。
 取り出して洗えるものは洗って干し、捨てるものは捨て、補充リストを作って一段落、一体何が起きたのか考える余裕が出てきた。ネットで《桃 缶詰 爆発》で検索するとすぐ理由が分かった。
 果物の缶詰の中にはクエン酸とアスコルビン酸(ビタミンC)が含まれる。これらはごくマイルドな酸であるが、ブリキ缶の内側の錫メッキ層を攻め、鉄と反応して水素を発生させる。これらの反応はたいへんゆっくりなので賞味期限内ならかえって酸味が練れて美味しくなると言われる位であるが、何年にも及ぶと缶の中に水素ガスが溜まり、内圧の上昇で缶が膨らみ、やがて缶の一番弱い所が破れるということになるのだとある。

「これはお手軽に起きる家庭水素爆発ではないか」
 そんな危ないものを何故売るのか、と製缶会社のエンジニアだった友人に電話で抗議すると「お前もやったか」と楽しそうな声が返って来た。果物缶の爆発は製缶会社へのクレーム・問い合わせの代表的なものなのだと言う。缶の品質とか、加工時の欠陥とかという問題ではなく、酸性の食品を金属缶に詰める事の宿命で、賞味期限内なら無害かつ爆発はしないので期限内に食ってしまえ、そう設計してあるからと平然としている。どうやら製造物責任(P/L)は免責であるらしい。

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